年末年始しか会えなかった幼馴染の恋人がついに今年からいつも日本にいる。諦めていた季節のイベントも誕生日も記念日もぜんぶぜんぶ、予定さえ合えば一緒に過ごすことが出来るのだ。カードとプレゼントだけが高い送料でお互いを行き来するのも、当時は嬉し寂しだったけれど終わってみると通なものだったなと思う。凛が帰ってきて編入するであろう学校はどこかこの辺の強豪校だろうと分かってはいたものの、わたしは結局遙たちと同じ岩鳶高生として二年生になっていた。ここらへんの強豪校ぜんぶ男子高なんだもん。そう言えば凛はそんなこと言われてもという顔をしながらも何故か謝った。

「知らないふりするのってつらいんだね」
「何が」
「凛が鮫柄入ったこと。渚くんにいじけられちゃった、秘密にするなんてヒドイって」
「言う必要なかったんだからいいだろ」
「昔馴染みなのに」
「昔のことだ」

わたしの声を遮るように、凛はやたらと早いレスポンスで話をぶっちぎった。ムキになってるなあ。まだすこし湿った髪が右上で硬く揺れている。一年ごとにみるみる大きくなっていった凛はすっかりかわいくなくなった。夏の太陽が無駄に長い凛の影をさらに引き伸ばす。あの頃はまだ小学生だったから身長もそこまで変わらなくて。あのまま大して伸びていないわたしのなまりきった女体と、モデルさんみたいに伸びた筋肉質な凛の男体。
おませな小学生にいただいた人生初めての「好きだ!」をわたしも本人もなんだかんだで四年間忘れていない。自分でもびっくりする。年に一度しか会えない男のために中学青春を潰すなんて。

「つまりわたしも昔の女と」
「……お前は、ほら」
「なに」
「途切れたことねえだろ」
「……そうでしたね」

機械を何も通さないで耳に入り込む凛の声は、まだ慣れることができない。電話よりもすこしだけ高い気がする。今握られた手の感触なんて、もっと慣れない。遙も真琴もこんなふうに触ったことはないから、高校二年生にして初めて知った男のひとの手。今年で交際五年目に突入するものの、友だちの延長線みたいだった今まではカウントするべきなのか迷う。セクシーないろいろなんて夢のまた夢だ。
凛だって女の子をまじめに扱うのは初めてのはずなのになんでこんなに軽く指と指を結べるんだろう。男の子は自動で女の子の上手な扱いを覚えることができるのかな。いやそんなのあったら結婚できない中年男なんていない。そう考えるとわたしの彼氏さんはやたらとレベルの高い男なのかもしれない。それか、……うん。

七瀬家、橘家よりも松岡家に近いところにみょうじ家はある。昔の感覚とちがうのか凛はわたしの部屋の入り口で頭をぶつけていた。でも今日はなんとなく、お外デートがいいなと思う。彼がどう思っているのかは分からないけれど、夏服に見を包んだ凛は特に文句もなさそうにおやつ時の岩鳶を歩いていた。部活帰りでさっきまで程よく冷たかった手はわたしのせいでただの体温に戻っている。背伸びしたマニキュアではごまかしきれない、子供みたいな節の手が焼けた肌の間に見え隠れした。

「帰って来てわたし見るたびどう思ってた?」
「は?べつに、おまえだなって」

そりゃそうだよね。笑って返せば怪訝そうな顔でどうしたんだよと聞く。聞いてくれるところが凛の優しいところなのだ。これは電話でだってわかる、長年知っている。

「記憶が美化されてて幻滅したりしてなかった?」
「別になんも。むしろそっちは」
「記憶よりかっこよくて焦ってた」
「…………まあ、……当然だな」

台詞のわりにはキャップを深くかぶり直したけれど、下から見上げているわたしにはあまり関係がなかった。じろじろ見んな。チンピラみたいな凛の拗ね言葉。
昔はわたしを笑わせては自分も楽しそうに腹を抱えていたのに、国際電話をするごとにお調子者は静かになっていった。固まっているわけではないようですぐ顔に出てしまうけれどすっかりクールキャラになってしまって。
オーストラリアではどんなキャラでいたのだろう。わたしがずっともやもやしているのはそれだった。だって扱いが自然なんだもん。日本にガールフレンドがいること、秘密にして遊んでいたかも。ひどいことばっかり考えるダメな彼女。

さっきまでうるさかったわたしが妙なことを言った直後に黙り込んだので、凛はしばらく無言のまま歩いてから「なんかあったのか」と気を使った声を出した。ほら、その声。無意識に優しく響かせて、キャラなんて全然定まってない。大人ぶった(別にこれが凛の素であることはもう知っているけれど)本当に大人みたいな表情の彼に理不尽に腹が立って、わたしは顔を上げて。「凛、わたし以外とキスしたことある?」こんなくだらない最低なことを聞いた。

「きっ、おま、はあ!? …何言ってんだよお前」

やり直したって取り乱した顔はばっちり心のカメラに収めたんだから。このカッコつけ。正直言うとわたしとだって両の手で足りなくなってきたくらいしかしていない。舌の入るのも中学一年生のときに初めて帰国してされた一回だけ。離れた分全部を詰め込んだらこうなったのだと、我慢できなかっただけですと顔に書いたままで取り繕われた記憶はそんなに古くない。もう二年目からはセーブできるようになったのか、それとも異国のすてきな女の子たちと比べて幻滅したのか、今年完全に帰ってきてからもなぜか触れるだけを繰り返して終わってしまう。部屋に呼んだってなにもない。
あんぐり開いた口を思い出したように閉じて、凛はもう一回だけどうしたんだよと聞いた。

「まさか、オーストラリアで俺が浮気してたって考えてんのか」
「ごめんなさい」
「…謝るなら言うな。あと別に怒ってねえ」

俯いたわたしを追いかけるように凛も律儀に背中を折った。絡まり直す指が強く握られて暑い。間抜けに驚いていたくせにもう今の表情はわたしのばかな質問を聞く前のものに戻っている。そう。そのかっこいい顔。昔はそんな真剣な瞳持ってなかったくせに。泳ぎのほかに何を経験してきたのか、なんてひどいことを疑ってしまう。高2まで童貞なんていやだ、みたいな、…そういうこと。
安心させるようににぎにぎ動く右手にも、木陰に立ち止まってこっちを向かせる左手にも、わたしを食べるおおきな口にもわたしはただ戸惑って慌てふためくだけなのに、凛はそれを確かめるように薄目を開ける余裕を見せてから、もう一度唇を近づけた。ぬるり。暑い。あ、外なのに。でも生憎この街は田舎なので、帰国子女のくせに恥ずかしがりの凛もやめてはくれなかった。蝉の声ばかり届く耳にかすかな水音が口の中から響く。

「っん、」
「……こ、声出すなよバカ…」

自分がしてるくせになに照れてんだよ!文句も唇の中に吸い込まれて食べられてしまった。
蝉が三回息継ぎしたころに凛はようやくわたしを離した。後頭部に回っていた手がゆっくり肩に戻ってきて、諭されているみたいな体制になる。笑うんじゃねえ。震える肩をぐっと押さえつけられながら、首元で凛のおでこの汗を吸った。

「分かったかよ」「へ…へたくそ、ふはは」「笑うなっつってんだろ」凛の歯は昔のようにぎざぎざと刺さって当たって、痛くてかわいかった。


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