12:45
美咲が作ってくれるお弁当の具のレパートリーは朝ごはん同様そんなに多くもなく難しくもないけれど、冷凍食品がひとつもないというのが密やかな自慢だった。おなかすいたあ。学校の昼休みってどう考えても腹減りのピークを超えたあたりに設定されてる。かわいいお弁当箱に不器用な手で銀紙カップを敷いたりする美咲を思い出してにまにましながらふたを開ければ、家庭事情を知る友達が今日もやたら嬉しそうだねと笑う。

「わあチャーハンおにぎり!これだいすき!」
「相変わらず無駄に形のいい卵焼きだねえ」

バイト先でオムレツやオムライスを出すことがよくあるのか、なぜか八田はやたらと卵の扱いがうまい。チキンライスだってチャーハンだってみんなまとめてくるんと包む。たまにどんな残り物でも卵に包みゃ飯になると思っている時があるので一度割ってみないとなにが入っているのかはわからない。そろりと箸を入れてみると、今日は一般的なただの卵焼きだった。

「……あれ?ケチャップついてない」

大雑把に弁当箱を包んでいた風呂敷をひっくり返してみても、調味料の入った小瓶が見つからない。中身も外味も付けない卵焼きはちょっとなあ。チャーハンおにぎりをがっついて、濃い塩こしょうとともに甘い卵焼きを流し込んだ。んー。魅力半減。タンマツを開いて、空中に八田美咲のアドレスを呼び出す。「うちのママだったら文句言うなら自分で作れって逆切れされるよ」「理不尽だなあ」美咲もよく出されたものに文句言うなとは言うけど。

バイト休憩のタイミングを待って通話をかける。同じように弁当を食べようとして気付いたらしい美咲は、わたしが言うより早く手を合わせる音をさせて謝ってきた。自分のにも入れ忘れたようだ。かわいいから許しちゃお。物足りない卵焼きを全部押し込んで「でもおいしいよ」と伝えてやれば、はにかんで無言になったのが見えずとも空気でわかった。お互いチャーハンおにぎりを片手にしているのですこしお行儀が悪い。用事もなくなってしまったし会話を切り上げようとすると、不意に美咲が喋り出した。

「なんかでけえストレイン事件が起きてるってニュース見たか? 青服がもううじゃうじゃいるらしくて俺は出んなって草薙さんに言われちまった」
「それ以前にバイト中なんだから美咲はだめでしょ。猿比古今日はご機嫌斜めかな」
「でもあいつ事務よりシメるほうが好きだろ」 
「事後処理とか報告書とかあるじゃん」

公務員も大変だ。ひとしきりその話をして、数駅離れた学校にいるというのに「気をつけろよ」を三回ぐらい頂いてから通話は切れた。ニュースを開くと確かにわたしたちの最寄り駅からの徒歩圏内でなにかが起きたらしい。時刻は正午ちょっと前。午前中の外回りは眠くて気持ち悪いから嫌いだとよくぶーたれているあの猿比古が今日は見回りどころか走らされているのかと思うと同情する。今日は多分夕飯お肉だろうなあ。猿比古が不機嫌な日は、美咲は決まって彼の好きなものを夕飯に出してやるのだ。



16:02
暑さに負けてちんたら歩く学生をすり抜けて改札を抜けると、柱に寄りかかった166.9cmと目が合った。「ただいま」「おう。帰ろうぜ」買い物ちょうど終わったからさ!みたいな顔してるけど合わせてきたんだろう、愛車とリュックを担ぎ直してわたしの前を歩き出す美咲は少し息切れしていた。ビニール袋が有料になってしまってから、買い物の時にエコバック代わりに使っているリュックサックは今日もわりと膨らんでいる。

「よくリュック背負ってスケボー乗りまわせるね」
「醤油入ってても平気だぜ。もちろん赤の力なしで」

家庭的な特技だなあ。
わたしの逆側にスケボーを持って美咲はさくさく歩いていく。わたしは女子にしては足早な方だから、きっと彼女が出来たら彼は歩くだけでも気を使わなくてはならないということに戸惑うのだろう。調節しようとして不器用にわたわたする美咲は想像するだけでとてもかわいいけれど癪なので、こっそり頭を振った。わたしか猿比古以外にこのひとを独占していい者はいない。たとえ吠舞羅でも許さない。今みたいになんにも知らない愛され美咲のまま、アホな顔して隣を歩いてくれれば満足だ。自宅方向の路地に入ったところで美咲の方を向き直る。

「この辺だよね、事件あったの」
「お?そうだったっけか」

美咲はあたりを見渡して嘘をついた声を出した。だから迎えに来てくれたってことくらいちゃんとわかってるのに、きっとバレてないと思ってるんだ。男前でださくて、かわいい。



16:13
現場近くからは少し離れて家と駅のまんなかというところ。見慣れた景色に所々立入禁止の文字が見えるもののどんな事件だったのかはよく掴めない。「人を殺せるような力だったのかもしれないね」「あんだけニュースになってたってことはそうじゃね? 怪我人でも出たんじゃねーの」わたしたちからしたら奇怪な力なんて大した問題ではないけれど、他の人から見たらきっとストレインは、とても人間には見えないのだろう。それは当たり前で、悲しい。その世間からの評価が彼らの不安定なこころに繋がることも知らないくせに。アンナちゃんを可愛がる身としては複雑な気分だ。

……なんかうるさい。先にそちらを向いたのは当然ながら場慣れした美咲だった。かたん、硬い音をさせて地面にスケボーを落とす美咲の視線は建物と建物の間。ひとの足音だろう。音が大きくなるにつれてボディーガードの威嚇も強くなっていくのが熱でわかる。
しかし、建物の向こう側から走ってきたのは予想とは真逆で青服だった。美咲の警戒はぶわりと熱くなったけれど善良な市民のわたしからしたら特に問題はない。立入禁止区間から走り出てきたらしい彼は人影に気付いてこっちを見ると、あっと若い声を上げる。

「ヤタガラス……と、ああ伏見さんの」
「…お疲れ様です」

これは、えっと。わたしは知らないのに向こうは知ってるという一番やばいパターンだ。なにか届けに行った時にお会いした第四分室の人だとは思うけど、いくら記憶を手繰っても副長さんのおっぱいしか蘇らない。牙を向きそうな美咲をこっそりいなして頭を下げると、彼も表情通り温和な性格なのかサーベルから手を離して頭を下げた。これぞ市民のために働く公務員、どっかの伏見さんとは大違いだ。立入禁止の方を見ている美咲に気付いたらしい彼が優しい声で言う。

「伏見さん、いまのとこは怪我ないですよ。全員捕まえたらもう帰るってずっと言ってます」
「事務処理的なのは…」
「俺達で少しやっておきます。あの人の事務作業とても早いので、明日に回しても平気だと思いますから御心配なく」
「あいつ残業になるとめっちゃ機嫌悪いですよねごめんなさい…」
「ふふ、あなたが謝らなくても」

否定しないってことは多少は困ってるんだろう。優男全開でにこにこしているわりには食えないタイプだ。あとまだ名前が思い出せない。
会話の間にふと思い出して右を見れば、美咲がじろじろと隠す気もなく彼の邪魔そうな前髪を観察していた。完全に警察にガン飛ばすチンピラである。やめなさいよよしよし、口には出さずに背中を叩けばチンピラは照れながらぶすくれた。器用か。

「あれ、伏見さんとこの! なまえちゃんだよね」「制服かあーいいなあ」「手出したら犯罪だぞ」「いや捕まる前に殺されるだろ」前髪優男の笑顔に辟易しているうちに、気付けば音もなく増えていく青服。見たことのあるようなないような人たちは聞けば皆猿比古の部下で特務隊なのだと言う。大人しくさせているのでわりとスルーされて居心地の悪そうな美咲はとてもかわいいけれど、これだけ人数がいて唯一猿比古だけ現れない。なにこれたすけて。

「あの、仕事は」
「今日の伏見さん邪魔すると逆になんか飛んできそうなんで避難です」
「なんかもうごめんなさい」

いえいえ〜。青服のイケメンが合唱する。絞り出した正論な質問もこれまた理不尽な正論で終わらされてしまった。
おいくつですか? だの学校どこ? だの、上司がいないのをいいことにまるでただのナンパみたいだ。職業柄女子高生と関わる機会なんてないに等しいんだろうけどお前らも数年前まで男子高校生だったんだろうに。横でうずうずしている美咲がいい加減爆発しそうなものの、長身男子に囲まれる免疫のないわたしはどうかわせばいいかわからない。美咲の背中で牛乳が腐るんで、とか? 牛乳理由にナンパかわすなんていやだ…。



16:20
ヒーローは遅れまくって登場するもので。半泣きのわたしと青服さんたちの間を断ち切るかのように、三下ァ! と明らかな悪役の雄叫びをあげて天から騎士様が舞い降りてきた。げっ伏見さん、みたいな部下一同の顔。さっきまでのただの若者だった表情が一瞬で締まるあたりこんなでも特務隊の強い人たちなんだろうなと思う。抜刀したままの昴をぶんぶんと払いながら威嚇する猿比古のおかげで、わたしの周りはもうすっきり広い。
「なにヘラヘラしてたんだよバカ」くるりとこちらを振り返った猿比古は、頬にチークにしては濃すぎる赤をへばりつけていた。一瞬顔を強張らせたわたしに気付いたのか何も言わずに頬を拭う。現れた青白い肌は朝見たとおりきれいに繋がっていて安心した。他人の血に安心してしまった。かわいくない女。そんなわたしを押し退けて美咲の胸倉を掴む猿比古から嗅いだことのない匂い。

「なんでお前がそばにいてこうなんだ? あ? 役立たずか」
「ああん? てめえが部下を躾けられてねえんじゃねえのか」
「何青服に囲まれておとなしくしてんだよ。つか誰にタカってんだお前ら死ね」

部下に殉職命じた…。
当の部下たちは機嫌の悪い彼の罵詈雑言に慣れきっているのか、動揺した様子もなくさも反省しているかのような体をして直立。ナンパして上司に死ねって言われて謝る公務員。世も末だな。怪我ひとつない猿比古曰くストレイン集団は壊滅したとのことで、事後処理のため青服たちは途端に忙しなく散っていった。最後まで誰の名前も知ることができないまま。右肩が重くなる。

「俺マジ頑張ったんですけど」
「うん、えらいね。でももーちょっとだけ行っておいで」
「もう十分だろ」
「おうちで待ってるから」

家族だけ残された路地裏で、一緒に帰りたいモードの猿比古をよしよし撫でて背中を押す。部下の予想通り定時に帰れなくなるのが嫌だったのだろう。じっくり穏便に済ませたのならこんな鉄の匂いを纏ってはいないはずだ。舌打ちひとつしてわたしの頭をぽこんと叩くと、次の瞬きのころにはもうそばにいなかった。

「美咲もえらかったからそんな顔しないの」
「……るせ」




16:30
何時間かぶりのマイホーム(賃貸)。玄関の電気は着けておかなくても平気だ。猿比古は鍵を持っているくせに必ずインターフォンで出迎えろアピールをするから。「このハンドソープ腹減る匂いするよな」「フルーツだからね」なんて単純な。冷蔵庫に食材を入れている美咲の横から手を伸ばして、うまい具合に冷たいお茶を入手する。別にぶつかっていないのに邪魔だからあっちにいなさいと怒られてしまった。食材を見るに今日はどうやらハンバーグ。やっぱり猿比古の好物だった。

作り始める時間までゲームでもしていようとテレビを点ける。基本美咲にしか電波を受信させてもらえないうちの薄型液晶。「宿題は?」「猿に聞かなきゃわかんないやつ」「悪かったな暇人なのが俺で」ほんとだよー。自虐してきたくせにわたしが笑うと叩いてきた。猿比古は進まなかっただけで十分エリート大学に行けたレベルの脳をしているけれど、同じく中卒の美咲は正真正銘ただのバカだ。なぜか徳川将軍の名前だけは全部言えるらしいけれど。いつのまにか1Pコントローラーを我が物にしているそのバカがWii Uほしいよなあとぼやく。

「あーピクミンしたいね」
「いや、あれは買わね。猿比古のクズっぷりを再確認するハメになる」
「……それはどーいうこと?」
「連れてるピクミンがいくら死んでも無反応なんだぜあいつ。信じられっかよ、あれは守るもんだろーが!」

他のゲームは引くほどうめえのになんなんだよ!腹立たしげにコントローラーを握り締めて美咲は声を荒げた。小さくて従順な彼らをかわいがって大切に移動させる美咲の姿が容易く目に浮かぶ。いくつになっても素直でいい子なのがこのバカの取り柄なのだ。
「……でも猿のプレイスタイルって…いややっぱなんでもない」わたしの記憶での猿比古は、20匹ずつきれいに保ったまま無駄なくダンジョンをクリアしていくプロだった。おおかた意味なく白を敵陣に投げ込んでは、ショックを受ける美咲の半泣き顔をにやにや見たことでもあるのだろう。そして未だにからかわれているバカ。申し訳ないけれどとてもかわいい。


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