うー。小さく声を出してみると、すこしだけしわがれているのが分かった。やっちゃった。ベットから見える暖房は元気に稼働を続けている。温めることはできても読むことはできない。湿度をもとめてとりあえずリモコンで電源を切る。おつかれさま。「……今日オフだ!」隣でマスクをつけてわたしよりも幾分か乾燥を回避しているれいちゃんが毛布にわたしを絡めて抱き寄せた。髪の毛がひっかかって痛いけれど気にしないであげるのは、優しさと言うよりも指摘が面倒だからかもしれない。


「そうだねえ。うれしいねえ」

「おうよっ、昨日頑張ったかいがあるね!れいちゃん朝からルンルンだーい」

「そっかそっか」


れいちゃんもわたしもふにゃふにゃ、子供みたいに甘えた声。まだ眠いんだろう。昨日はテッペン越えてしばらくたつまで仕事をして家に帰ってきたっていうのに、しっかりわたしの作ったごはんを食べてちゃっかり一緒にお風呂に入っておやすみなさいしたからである。夜中の浴槽で眠そうな目を擦りながらガーゼに空気を入れて遊んでいたのを思い出しながら寝癖を梳いてやる。動きづらいし暑い。どうして男の人ってこんなに熱くなるんだろう。春歌も友千香もお泊りの時こんな体温にはならない。れいちゃんはいつの間にかまたたれ目を閉じて静かに呼吸していた。朝ごはんはなし。決定。





「ちょーベリベリつまんなかった! もう!」

「先に寝たのはあなたですもうじゃありません」

「ぼくちんはちゃんとお昼前に起きましたー」


つられて二度寝をしたことについてお咎めをくらいながら少々遅めの昼ごはんを作る。最近旦那はインスタントラーメンにはまっていて、自宅でランチを取るときは大体醤油ラーメンになってしまうのだった。わたしが茹でている横でなにやら調味料を出したりしまったりしながら意味のない真面目顔で唸っている。「また部屋中にんにくくさくするのやめてね」「はあい」味のりとメンマと胡椒で十分だと思うのだけど、れいちゃんはそれだけじゃダメダメよと毎回毎回こうやって味を変えてしまう。何回か前はオクラ納豆をぶち込んだ。あれはちょっとなかった。

ふたつおそろいの丼に、茹でただけの保存食品を不均等に流し込む。れいちゃんはいっぱい食べるから1.5人前。今日は何やらオーソドックスに食べるラー油を構えていた。お箸とコップ、烏龍茶を出して軽く手を合わせたら、懐から取り出した瓶をかっこよく指に挟んで嶺二のミラクルクッキングである。


「今日はね、トリプル唐辛子でいくよん」

「からいって泣いても知らないよ」

「お兄さんだから大丈、っげほおお何これやばい凶器!!」

「入れる段階でむせるんかい」


瀕死のお兄さんかっこわる。わたしは冷静にテーブルに転がり落ちた液体ラー油だけを拝借して麺をすする。体に悪い味。こんなふうに甘やかしているのがばれたら一ノ瀬くんに怒られてしまう。一十木くんと三人でいたころはたくさん怒られたって言っていた。藍くんにもくどくど言われているらしいし。「福神漬も乗せちゃうぞお」「真っ赤ですけど」たしかにもうすこし厳しく行ったほうがいいかもしれない。

案外お行儀よくラーメンをすすりながら、れいちゃんは今のぼく夕飯の時のお父さんみたい!とか言いながらテレビをつけた。平日の昼過なんてたいした番組はやっていない。業界人がそんなこと言ってはいけないのかもしれないけど。シャイニング事務者の誰かが出ていないかなあとふたりでぽちぽち回してみたけれど誰もいなかったのでそっとまた居間が静かになった。ゴールデンから深夜のひっぱりだこタイムに期待しておこう。特に改めた話題もないのでだまっていたらテレビを見て思い出したらしい後輩自慢を始めたので大人しく聞いてあげる。旦那がトッキーとおとやん大好きすぎて嫁がつらい。


「ごちそうさまでしたっと!」


延々喋っていたはずなのに、気付いたられいちゃんは真っ赤なラーメンを完食していた。もう飲まない?烏龍茶を指す彼に頷いて最後の麺をすする。どんぶりにお箸を突っ込んでお茶の容器を持ったれいちゃんは、パジャマ姿でもそれなりにきらきらしているので困る。芸能人なんだよなあ。わたしだって人並みには小綺麗にはしているつもりだ。その何倍もきらきらしたかわいいひとたちと並んでいるれいちゃんはやっぱりアイドルなんだと、一番家庭的なところを見ているというのになぜか思った。


「今日はどうする、一日中まったりするの?」


お皿を漬けてきたれいちゃんが茶髪を揺らす。昨日も一昨日も遅かった。わたしもつい先日修正を終えたばかりだ。そうしようか。頷けばよしきた!とばかりにゲームの電源を入れる年上の旦那。でも世間のことを考えてまだ入籍はしていない。あとは書類を出せばいいだけなんだけれど、そこから進むことをわたしたちはまだ許可されない。
何をするのかなと隣に並ぶと2Pコントローラを渡されたので何も言わずにおとなしくテレビを向いて座った。「何やるー?」「れいちゃんが好きなのでいいよ」「わっほい今日はれいちゃんデーだね!」主導権握ってるって言いたいのだ。





いい年してお互い画面酔いするまで大乱闘して、時計を見るともうそろそろ日の落ちる時間だった。まったりデーとは言ったものの本当に何もしない、言ってしまえばただの自堕落な一日になってしまった。コントローラーを投げ出して絨毯とお友達になっているれいちゃんはぐったり瞼を閉じている。いちいちテンション上げすぎなんだよね、プリンばっか使うし。プリンのくせに極めてるし。聞いてみれば以前若い子たちと試合した際に「まあ年だしね」ぐらいのことを言われたようでむきになっているのだ。意地を張って言わなかったけれど絶対藍くんだ。シャッターを閉めようと窓に手をかけると下方から冷気が伝わってくる。まだ冬の気候の残る夕暮れ。「さむっ!」入り込んできた春一番にれいちゃんの体が丸くなる。


「北風より全然あったかいよ?」

「同時に吹いてくれないとわからない! なまえちゃんおいでー」

「人で暖取ろうとすんのやめろ」


おいでと言いつつあっちから来た。外に近いほうが寒いのによくわからない大人だ。シャッターも窓も閉めてカーテンを引くと、何週間も前に彼が作って引っ掛けたままのてるてるぼうずが頭上で揺れた。「まだおなかすいてないよね」「んんーあんまり」後ろから抱っこされたまま歩いてソファに座らされると、自然とれいちゃんの膝上に乗った。れいちゃんはそんなに大きくないからすっぽり包み込めはしない。わたしの肩あたりに鼻をスリスリして、暖まってるのか嗅いでるのかよくわからない子である。


「そのパジャマ一昨日からおんなじだからやめろ」

「へっへっへ、なまえちゃんのにおい」

「変態」

「大丈夫。なまえちゃん限定だよ」


余計大丈夫じゃない。
でろでろに懐いた犬のような男だ。甘やかしてくださいアピールなのか胴に手を回してゆらゆらとゆする。なんとなくリズムに合わせて足の角度を変えてやると、楽しくなったのかぶんぶんとわたしの身体を振り回して笑い声を立てた。酔いはすっかり治まったようだ。そういえばこんなに長いオフは久しぶりだなと大きな手を擦りながら思う。すこし長引いた映画の撮影が終わったからだろう。ふたりで最後に小旅行に行ったのはもう大分前になってしまった。


「そんな嬉しそうな顔しないでよ」


寂しかったの?
べたな言葉に思わず肩が跳ねた。なんで。表情が見えているならまだしも絶妙なタイミングで。予想通りそれを見逃さずに触れていた身体をさらに密着させて、腕が、手が動く。這うようなぞわりとした、でもいやじゃない感覚だった。
「別に、毎日会ってたじゃない」「なまえちゃんつめたい!ぼくはなまえちゃんのごはん食べたくて仕方なかったのにい!」先程よりすこし上昇した手がわきわきと動いておなかをくすぐった。引き笑いしながら嬉しそうな顔してるということを否定し忘れたことに気付く。彼も珍しく指摘しないけれどにやにや嬉しそうに笑っていることだろう。激しく腹立たしいことのはずなのに、嬉しがっているれいちゃんというのはわたしの大好きな笑顔をしているのでいつもいまいち叱れずに終わってしまうのだった。

むかつくのに、すごく嬉しい。構ってもらえることが。完全に矛盾しているようだけれど、実際わたしはそんなに腹立たしく思っているわけでもないのかもしれない。怒ってる体なだけなのだろうと思うけれど、この反応をすることにすっかり慣れきってしまった心はもう自分ではよくわからない。分かっているのはきっと、どんどん調子に乗って手をすべらせていきながら鼻歌を歌っているこいつだけである。


「ねえ、寂しかったって言ってよ」


そして多分寂しかったのは、嶺二のほうだ。




再び暑くて起きる。携帯のディスプレイで時刻を確認して、夕飯を後回しにした事を後悔した。寝坊して食事してゲームして致しただけの、まさしく三大欲望を十二分に満たしたオフである。隣に転がるれいちゃんは布団を蹴り飛ばして(ついでにズボンも履かずに)まだ熟睡中だった。満足げな笑顔を三度見くらいしておいてから腰をひねると、固まった節々がぱきぽきとまさしく枝のような音を立てた。疲れからくる怠さよりも身体の凝りのほうが強い。運動不足だろうか。女の子っていやあね、両頬に手を添えてすこしかわいこぶってみても嫌気が倍増するだけの深夜。

脳内で冷蔵庫を見回すと、夕飯で食べるはずだった肉類しか入っていない。アイドルたるものこんな時間にお肉なんて食べさせるわけにいかないので、ダイエットということにして今日はもう朝ごはんまでお腹に待ってもらうことにした。今日摂ったものといえばインスタントラーメンとゲーム中のお菓子のみ。こんな自堕落アイドルいやだ…。そんな中身を知っているのはわたしたちくらいだけれど。173cmがダイナミックに寝転んでいるせいで些か余裕のないベッドにもう一度もぐりこむ。れいちゃんはマスクなんてつけていないけれど、暖房もいらない。


「なまえちゃん」

「おきてたの?」

「寒いんだもん」 


謝りながらさっきの位置を探り出してすっぽり収まってやると、れいちゃんは腕を回し直してから一度も目を開けずにねぼけたようなキスをした。しがみつく腕も舌も、とても熱いのに、今日のれいちゃんは寒い寒いとばかり言って子供のように近くに来ようとする。
寂しかったの?夢の世界にフライト寸前の唇は、そっくりそのままのお返しの言葉とキスを受けて素直に嬉しそうにしていた。


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