放浪集団に近い幻影旅団。年端もいかないころからそこに属するわたしにも一応マイホームなんてものがあって、なぜかずっとともにいるフェイタンもなにも言わず上がり込んで、知らないうちにわたしたちは同棲を始めていた。何ヶ月ぶりに帰ってきてテレビを点けてみる。使わなすぎてリモコンのボタンが硬い。7チャンネルだけ異様に反応しない。

仕事柄、アジトは各国にある。使い捨てることも多いが、団員の住居も兼ねている大切なメイン拠点もいくつかあった。
その近くの街、なんの変哲もないマンションの一室。お互い一緒にフラフラ他国で仕事をしているから、あんまり自宅という感じはしない。国に帰ってきてもアジトでそのまま寝泊まりすることのほうが多いかもしれない。そもそもどこかを祖国と思う感情がわたしは薄いのだと思う。流星街はたしかに出身地といえば出身地だけれど、「そういう街」ではなかったから。
若いうちに買ったふたりの家。そうとだけ聞けばなんともロマンチックで勝ち組なような気もするが、相手はあのフェイタンであり資金は他人から盗んだものであり。わざわざひとつずつチャンネルを回してようやく見れた7チャンネルはなにやらつまらない家族ドラマだった。数秒のわたしの努力を返せ。

「眠いなあー」
「寝ろ」
「突然冷たい……」

暖房の熱と風呂上がり効果でぽかぽかする。めずらしくバスタブに浸かったフェイの身体もあたかい。

「今日は寒かったの?」
「冬よ」
「認識アバウトですね」

冬のなかでも多分、この国では今が一番寒い。
環境の良さもクソもないはずの場所で育って闘ってしているわりには、フェイは家の中が適温でないとすぐにぶうぶう言う。外では何も言わないくせに。ポジティブに考えれば、ここを「家」という認識はしてくれているのかもしれない。ペットをうまく飼い慣らせない飼い主みたい。

風呂上がりのビール。無造作に垂らした濡れ髪。いつもの上着を放ったままのフェイは、普通のリビングにだいぶ馴染んでいた。まだ深夜とは呼べない、でも夕方でもないそんな微妙な時間、普通の家庭は今頃夕飯だろう。みんなで仕事をする時のご飯もこのくらいの時間だった。
ヨークシンのオークションからキメラアント騒動の間に何年分かぐらいの仕事をした幻影旅団は、正直休暇気味である。団長もヒソカと鬼ごっこをしているうちにいつもどおりどこかへ消えてしまって、しばらくプリン争奪戦をする予定はない。もしかしたらアジトには今誰もいないかもしれなかった。

お金もあるし家もあるし、しばらくここで平和にいたい。人を殺すことは嫌いではないけれどタスクに近い。隣でビール飲んでくしゃみしてるチビがわたしのこれからの予定をどう思うかは知らない。拷問したいなら勝手に行ってくれとぶっちゃけいつも思うのだけど、何故だかわたしは人生で「ひとりでおるすばん」もまともな「おつかい」もしたことのない金魚のフンだった。

「明日雪だって」
「まあ転ばないよう気つけることね」
「……わたしの心配するなんてきもちわるい」
「ハハ、猿尻女なんて萎えるてことよ」

いまわたしがちょっと萎えたの気付いてくれ。
雪で滑っておしり打つ盗賊がどこにいるって言うんだ。わたしもお酒を取ってきてフェイの足の間に座り直した。そしてナチュラルに蹴り転がされた。面倒なので結局缶を開けないまま布団をたぐり寄せる。空気が暖かいからか、やけにつめたく重かった。90度低くなった視界にわたしを蹴り飛ばした犯人が入り込んでくる。ビールで苦いキスだった。

「わたしやっぱビール嫌いだわ」

知らねえよ、の顔をされながらも、座ったままのフェイの腰に腕を巻き付ける。生肌のすれあういい心地。私も全部脱いでしまいたい。
石鹸の匂いと毛布のやわらかさがどんどん眠気を膨張させていく中で、わたしが運んだだけの缶チューハイが開けられる音がする。名前を呼ばれて上を向けばやっぱりキスが来て、なるほどフルーティになっていた。味だけ上書きされた酒くさい舌がわたしの素面を汚していく。首が痛い。寝返りを打ってひねった腰を今度はあっちが掴む。力加減は優しいのに扱いがレディに対するそれじゃない。わたしだっておしとやかに育てるものなら育ってみたかった。

「今日眠いんだけど」
「で?」
「明日の朝じゃだめ?」
「お前の言語ワタシよくわからない」
「同じ国にいるのに…」


ツッコミを考えているうちに、私の身体はフェイの位置から乗りやすいところに動かされていて。ね、ねむい。ベッドでないとはずかしいとかそんな話ではない。わたしがしたいしたくないなんてどうでもいいが鳴かない女は気に入らない、眉毛と眼光がそんなことを物語っている。いつそういうテンションになるタイミングがあったのかまではさすがのわたしもよく分からない。いつになれば狙えるようになるのだろうか。

もっと、今より、更に。口に出したら贅沢だ。普通の恋愛なんてフェイには無理だ。願っているわたしだって結局は無理なのだ。
冷え切った手にびくりとよじる身体を押さえ込まれて、受ける刺激をどこにも放てなくなる。愛する人とマイホームで穏やかに愛し合う、庶民が思い描く幸せを今しっかりと享受しているはずなのに。普通のことをすればするほど、わたしは普通に育てなかったことに気付いてしまう。きっとフェイはそんなの考えたこともないだろう。だから言えない。テーマパークでデートして、夜景やイルミネーションを見ながら抱き合う。本当にわたしは憧れることができているのだろうか? それすらもよくわからない。

図々しい憧憬はすべて流れていってしまえばいい。だってわたしにはこいつしかいないし、フェイのことを嫌になったわけでも毛頭ない。彼がどんな形であれど必要としてくれるのならば、もうそれで十分、一般人の幸せとやらに相当するんだから。
受け流せなくて疼き続ける快楽に必死にしがみつき、一生懸命ばかな頭を空っぽにした。つけっぱなしだった家庭ドラマをフェイがいつ消したのかを、わたしは知らない。

  
   

せっかくの遮光性カーテンも開け放していては意味がない。弱った角膜が刺されてじわりじわりと痛む。雲の合間からの日光は案外強い。昨晩閉めるのをめんどくさがったのであろうフェイタンさんのせいで否応なしに起きてしまった。昨夜は頭空っぽにしたいどころか意識が飛んだ。眠かったのか気を失ったのかはわからないけれど、隣で丸くなっているフェイがこの季節に全裸なのでそんなことを考えている場合でもない。どっちだっていい、そんなこと。幻影旅団にもさすがに風邪の概念はある。
いつ着せられたのか知らないフェイのTシャツを本人に返還しようとすると、機嫌悪く唸ったので、せっかく全裸になったわたしは仕方なく布団をかけ直してあげるだけにした。

全裸で見た窓の外は清々しいほどにまっしろだった。天気予報、そういえば雪って言ってたっけ。こんな天気だというのにちらほら階下の道路を歩く人間がいる。大人も学生も、傘を前のめりにさして吹雪の中を転ばないように下ばかり向いて。そうか、今日平日だもんなあ。呑気に寝こけている彼やわたしには至極関係のない話だ。
ガラスから伝う冷気が、いきすぎた空調と男の体温で熱された体に染み込んでくる。吹雪の中で上なんて見る余裕誰もないよね。天気に甘えてべたりとガラスに右の肩を押し付けた。つめたくてきもちいい。新感覚。
こんな格好で外に向かっているなんて、エロ漫画でしか見たことないだらしなさだ。まるで「ハ? 痴女?」「えっごめんなさい!!」心読まれた! 動きは昨日と同じだというのに、強さの違う力で痛いほど胴体を掴まれて後ろへ引きずられた。

「お前目見えないか?」
「みえます…」
「痴女」
「いやさあ、吹雪だから誰も見ないって思って!」
「そういう問題違うよ」

筋肉がなかったら死の危険を感じそうなほどの抱擁は、あきらかに不機嫌で、わたしはちょっと喜んでしまった。「ごめんね、おはよう」身体に触れている腕に、さっきガラスで冷やした自分のそれを絡める。骨が軋む。折れる寸前と同じ感覚。愛って重くて痛いもの。わたしがこの愛に殺されないと、わたしもフェイも死んでしまうから。

「冷たい」

文句と共にべちんと叩かれた腕がかるく赤くなり、再び熱を持った。痛いし苦しいし、平日なのに仕事にも行かなければ珍しい雪にノーリアクション。なにもかもがおかしい。空虚感は湧くけれど、戻れないところまで膨れ上がりはしない。向き直って、酒臭くないキスをされて、背中に回っていた手がまた迷いなくそういうところへ向かう。つまり本格的に雪は無視。

寄り添う雪だるまを作って、ふたりおそろいのマフラーを巻いて、転ばないように手を繋ぐ。そんなのしたことない。でも、わたしの身体は、殺されるまで一生冷え切ることがない。先ほど冷えた右肩は、すでにもう体温に戻されている。生肌の擦れ合ういい心地。ほら、脱いだほうが気持ちいい。こんなに幸せなことばっかりしていられるのなら、わたしはもうただの盗賊痴女でいいや。


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