(トランプ記号割愛)



なんか部屋帰ったらきもちわるいのが勝手に食事していてびっくりした。部屋番は合っている。どうしてホテルに着いた時点で気付かなかったのかといえば、こいつがスパイよろしく絶をしていたせいだ。サプライズ気分かよ。死ねよ。なんでいるのかだとかそれ以前にこいつ今パドキアにいたんだ。開いた口がふさがらない。当然のようにおかえりと振られたフォークをとりあえず念で撃った。「あれ、君放出系だったっけ」そこじゃないと思う。

「なんで来たの」
「最近会ってなかったからね」
「…ルームサービスのお金自分で出してよ?」
「ハンター証でツケられたりしないかな」
「へ?あんたハンター試験受かったの?」

クールなVサインを返された。めずらしいこともあったもんだ。上着を脱いで用意されていた椅子に座れば、ヒソカはわたしのグラスになかなか高そうなワインを注いだ。勝手にシャワーを浴びたらしいそいつはめずらしくやたら普通な格好で。ハンター証無理だったらどうすんのこれ、聞けば別にお金はいっぱいあるのだと言う。一体どこに行ってきたんだこいつは。
世界を飛び回る者同士携帯番号は知っているものの連絡を取り合うことはあまりなくて、いちいち動向なんて知らない。なのに広げられた料理はわたしの大好きな肉料理。付き合いは古いが好みを教えた覚えも、言ってしまえば今日すごく肉食いたい気分だったことを教えた覚えもない。きもちわるい。

「人殺しのあとの晩餐っていうのもなかなかお洒落だろう?」
「あんたお洒落の意味わかってんの?」
「おシャンティ」
「……飯食え」

諦めた。何だかんだで旧知には甘くしてしまう。直さなければいけない優女加減。ナチュラルにわたしが人を殺してきたことも知っているヒソカは本当きもい。まあそういうところが、……変な方に思考が行きそうだったのでステーキを口に入れた。

今日の仕事は、つまらなかった。胸クソが悪かった。すこしばかり金がほしくて適当に選んだ命令は、闇の世界によくいるタイプの組ひとつの潰すというもの。よくある話。いちいち書類を通観するほどでも、何の恨みがあるのかを聞くほどでもないくらいにはよくある仕事内容。塗りこめられた闇の中で、いかついだけの体を楽しく散らす。普通だ。ここまでは。苦虫を噛まされたのはこの後。アジト1階を全部真っ赤にして降りた地下にあったのは、筋骨隆々とは程遠い闇には似合わないもの。治安が悪い訳ではないこの街ではすこしめずらしい光景だった。
奴隷売買だか何だかのために閉じ込められていた沢山のそいつらを、わたしは逃がした。裸足で血反吐を踏んで、痩せ細った身体を必死に動かすガキを殺す趣味はなくて。返り血とおいしくない肉にまみれたわたしはちゃんと救世主に見えただろうか。ワインを洒落っ気なく一気飲みするわたしの話をヒソカは頬杖をついて聞いている。

「優しいんだね」
「逃がしただけで守れなかった。もう全員死んだ」
「…口止め?」
「そう。組の奴が生き残ってて、それに全部撃たれた。売買用じゃなかったらしくて」

わたしが来なくとも、あの子たちは遅かれ早かれ死ぬか殺されるかしていただろう。それでもわたしは似合わない責任感なるものを痛感してしまった。余裕すぎて気を抜いて、下衆の生き残りなんて生ぬるいものを作ってしまった。必ず頭を砕けばよかった。ただの銃で普通の人間は簡単に倒れてしまう。そんなの、忘れていた。

「子供は殺さない主義なのに」
「君が殺したんじゃないよ」
「…そだけど」

まだ冷めていないスープをすする。なんだよ。真似のように頬杖をついてヒソカを見た。やたらお行儀よくステーキを嚥下する彼はメイクも変な服もやめて、髪はオールバックだけどいつもよりおとなしい。その姿で、わたしに慰めみたいななにかをよこす。何なんだ、こいつ。こいつといると頭がぐちゃぐちゃするから苦手だ。悪人を殺す前の高揚にも似たなにかが不定期に来る。その格好だと、特に。基本きもいくせに。

こいつが人を慰めるなんて本当きもい。乱されそうになる。相手のペースに乗せられるのは戦う人間としては命取りだ。「あんた今日宿ここにする気でしょ」振り払えるうちに目をそむけてしまいたくなる。勿論そうだよ、ヒソカが言う。ちゃっかり空にした食器をからんと鳴らして立ち上がると、わたしはディナーの席にはふさわしくない携帯を出した。

「どこ行くんだい?」
「イルミんとこ」
「彼なら今実家って聞いたよ」
「……ウソ」
「ウソ」
「死ね」

血生臭さを雇い先のシャワーで流してきた身体をベッドに投げた。もう一回お風呂入りたかったけどやる気失せた。わたしがゾルディック家を超怖がるのを知っていて笑うこいつは何を考えているんだろう。一度あの家のジジイの絶賛バトル場面を目撃してしまってからトラウマなのだ。ゾルディックはやばい。ガチ。
仕方ないからソファ使ってもいいよ、わたし的にはすごく優しい心遣いを向けてやる。ワインで軽くふわふわする頭はちょうどいい硬さのスプリングと相まって眠気を増長していった。意識を乱されたくないなら、意識ごと失ってしまえばいい。信用しているわけでは、ない、とは言いきれない。自分よりも力のある人間に背を向けて眠るなんてことは信用がないと絶対にできない。このまま二度と意識を浮上させることが出来なくなる可能性はゼロではないのだ。ヒソカの思考はわたしにはまったく分からないから。もしかしたら今日彼がここに来たのはわたしを殺すためかもしれない。否定はしきれない。まあ彼がそのつもりなら、わたしが今からどう逃げたところで負けは確定している。すべて今更。

「ワインまだあるよ?」
「あんたの金なんだからあんたが飲めば」
「つれないなあ」

つれる奴になりたくも釣られたくもない。無理矢理目をつぶってぐちゃぐちゃの布団を被って、でも視覚のかわりに聴覚に衣擦れの音が入り込む。追い出すのをめんどくさがったふりをしたわたしを、ヒソカは布団ごと抱き上げる。
「…うざい」「ウソだ」ウソつきに一番言われたくないことを言われた。高級そうな布団に絡まったままむぎゅうっと腕でつぶされて、痛いしうざいし面倒くさい。頬も唇も欝陶しい。でもそれが建前なのか本音なのかわたしにはもうわからないのだ。その曖昧さはなんとも不快だけれど、踏み出すのはもっと不愉快だった。
重力に従うわたしの身体をベッドの端の方に置いて布団を整えたヒソカが隣に入る。右を向くととにやりだかにこりだか笑う顔がこっちを見ていた。その普通な顔がわたしは苦手だった。気持ち悪い。…何がだろう。

「元気出しなよ」
「あんたがいると出ない」
「ウソつきにウソは通用しない」

払い除けた手は悪怯れなくわたしの髪を撫でて背中に回っていった。最後に抱かれたのは、5ヶ月前。「眠るの?」という残念そうな問いに小さく頷く。
どうせ他の女で埋めていたに決まってる、し、…分かんないけど。男かもしんないけど。それに最後に会ったのがいつかなんてこいつが覚えている訳もなく。乱れて忘れたいなんて気分でもなく。とりあえず、疲れた。勝手に使ったわたしのシャンプーの匂いがする頭が近づく。まだすこしだけ血が香っているのかもしれない。首筋と頬と唇と耳、平均的な場所を噛んだり舐めたりされるのをただただ享受しているうちに、ヒソカは飽きたのか半分すでに別世界にいるわたしをまた腕の中に収めた。

「明日起きたら付き合うから…おやすみ」
「まあいいよ、おやすみ」

ほら。沈みかけの意識でわたしはちいさく苦笑いをこぼした。こんなの、明日もいてねってことじゃないか。案外従順にわたしを寝かしつける態勢に入っているヒソカは特につまらなそうでもない顔。きもちわるい。こっち見んな。見られたくなくて胸板に額を押しつける。

わたしあんたといると眠くなるんだよね。なんでだろう。そういう薬でも付けてんの?寝呆け声でそう聞いたら笑われたので口を開くのはやめた。胸くそ悪さは、もうない。


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