もう夕日の時間かあ。
キルアが言うので何となく右へ目線をずらして、白い髪がいい具合に染まっているのを見た。単純にきれい。つないでいた手を離してそれを撫でる。つんつんしているのに手触りはいい。不思議な髪は彼が足を踏み出す度すこしだけなびいてさざめく。雪色の林のようだ。

「なに?」軽々と食材の入った袋を片手に下げるキルアは邪気のない顔でこちらを見上げた。青の目にも緋色が写されている。その色合いはクルタ族を思い出させて、ふと写真で見たキルアの友達が頭に浮かんだ。クラピカくん。照らされただけのキルアの目がこんなにきれいなら、自ら燃える緋はどれほどの美しさなんだろう。殺す目的以外に他の男のことを考えるだなんてわたしにしてはめずらしい浮気だ。

目は触るわけにもいかないので、髪から頬へ指を滑らせて下まぶたをくいっと下げてみた。べー。条件反射なのか舌が出た。変だけど似合うな、その顔。舌先をちゅっと軽く吸ってやってからもう一度しっかり手をつなぐ。外だからこれだけね。夕日に見守られて不服そうなキルアから視線を外した。

「夕日がね、きれいだなって」
「ずっとオレのこと見てたじゃん」

へんなの。キルアは純粋に首を傾けた。わたしと変わらなくなった大きさの手をぶんぶん振ってごまかす。人ごしに夕日を見るなんてわたしも初めてだった。こんな真っ赤な夕日はなかなかない。最近は特に忙しくも血なまぐさくもなかったからゆっくり空を見る機会はいくらでもあったものの、キルアと手をつないでふらふら向かう太陽はなにかが違うような気がする。そもそも景色だけに重点を置いて外に出ることは基本ない。

「あ、写メってゴンに送ろっ」

重そうな方の手がちいさな携帯を鳴らした。袋が揺れてうまく撮れねー。そう言いつつフリーな方の手はわたしをがっちり握ったまま。結局3回撮り直してようやく成功したのか、短いメールを打ってキルアは満足気に息をつく。ゴンくんねえ。いいなあ、お友達。わたしがお友達になれたかもしれない相手なんてイルミとミルキくらいだよ。絶対やだよ。あとイルミつながりでヒソカ。あいつこそ絶対無理。カナリアちゃんも友達にはなってくれなかった。

わたしの家とゾルディック家は遠縁だかなんだかで家業も似ていて昔から変な馴染みがあって、なまえ嬢ちゃんもキルア坊っちゃんも家業があんまり好きじゃなくて。ゾルディックよりも格下で長女でもないわたしはよく坊っちゃんの遊び相手をしていた。友達になってはいけないから人前では「格下」を徹底して、ちいさなキルアに頭を下げたものだ。そんなこんなでわたしが独り暮らしを始めても仲が良いのである。

でもキルアには友達ができた。ならわたしももうゾルディックからめっちゃ隠れていちゃこくなんてする気にはならない。でもなんて弁解すればいいのかな。友達はダメだけど嫁はウェルカムだったりしないかな。昔馴染みだから他の子よりもキルママからの風当たりはいい…と思うんだけど。わたしなら普通よりはよっぽど優秀な遺伝子が残る。はず。子ども相手になにを考えてるんだろう。

「あっねえ、ゴン来たいらしいんだけどいい?布団俺と一緒でいいから」
「へ?うちに?布団はあるけど」
「今日の夜出発して向かうって。明日中にはトラップも抜けるだろ」
「解除しなくていいのかよ」
「いー。ゴン多分楽しむよ」

わたしがひとりで暮らす家はゾルディックの屋敷より格段に人材がすくない分、門から玄関までのトラップに大分力を入れている。キルアがかわいいほっぺに小さく傷をつけて「いーれてっ」と玄関を叩くくらいには気合いの入ったからくり庭園なのだ。が、この子の見込んだ男なら死ぬことはないだろう。そう思うけどどうかな。もし死んだら最終的にはわたしもキルアもこの世にはいられなくなってしまう。

キルアのつやつやした頬に朱をさしていた夕日は、気付けば大分下にころがっていた。真上はすでに濃紺と紫に染まり切っている。夜の帳。夜行性が羽ばたき始める時間帯。わたしもキルアも夜出歩くとアレな感じの家系、それに早く帰らないとごはんが遅くなる。「チョコロボくんふたつ買ってくればよかったね、ゴンくんにも」「明日も買い物いく、ご馳走だから!」いつのまにそんなにわたし以外に懐いたんだ。くやしい。お金にこまったこともないくせに無意識に食費の計算をした。食べ盛りの男の子が2人揃ったらどんなだろう。ミルキ1匹より食べるのだろうか。

キルアははやくはやくと伸びた背で飛び跳ねてわたしを促す。帰宅したところでまだゴンくんはいないのに、お揃いなのだという携帯の画面を何度も見せて。こんなに楽しそうなキルアを見るのは幸せだけど大分嫉妬してしまう。やだな、わたしキルママみたい。

「ゴンね、オレよりちっさくてバカでうるさいんだ。でもすっげー優しくて、なまえならきっと気に入ると思う」
「早く会いたいねえ。…それよりたまごつぶれそうだから前向いてほしいな」
「念込めとく?」
「なにそれまずくなりそう…」

冗談だよ、疲れちゃうよ。絶対思ってないことをキルアはひらひら白い手を振って言う。キルアがここに来たのはもう2週間も前。一時的に超珍しく別れたのだというゴンくんもここに来るということは、きっともうすぐ、旅に出てしまうのだ。今の時点ですでにわかるほどの入り込めない絆で。

仕事の帰りにちょこちょこ此処に寄ってくれていたキルアがあまり来なくなったのは、彼がハンター試験を受けにわたしへの挨拶もなしで家出したあたりから。久々に会えて舞い上がっていたのかキルアが帰ることなんてまだ考えてなかった。
まだ本人に言われたわけではないけどきっと、ゴンくんと合流したらこの子はまたどこかへ行ってしまう。それはけして悪いことではない。太陽の下でお友達と野原を駈ける姿は、ゾルディック以外でキルアを愛する者すべての望みのようなもの。独占欲で引き止めたらそれこそわたしもキルママと変わらなくなってしまう。

「…なまえ、変なこと聞くから笑うなよ」
「いいけど。笑ったらごめん」
「笑うなよ!」

いつのまにか手は子どものような繋ぎ方を終えて絡まっていた。手だけ絶したのかと思いきやわたしが気を抜き切っていただけである。殺し屋らしくもない。いつもはキルアとふたりならレーダーびんびんなんだけど。護るために。
キルアはわかりやすく大きな息を吐いて、でも止まりはせずにもう一度「あのさあ」と見上げた。歩きながらってことはそこまで大事な話でもないのかな。染まった目がきらきら。

「俺が何歳になったらお嫁さんになってくれんの?」

…笑ってしまった。笑うなって言ったじゃん!浮ついた意識が手をぎりぎり握られる痛みで戻ってくる。そこらの大人なんて屁でもない力をゆるめるとキルアは唇をとんがらせた。「真面目なんだからお前も真面目に考えてよ、ったく」真面目なんだ、へえ。冷静を装う。子ども相手に心理戦気分だ。携帯をしまって大きく手をゆらすキルアはぷんぷんしている。

「お嫁さんになるのは決定事項かあ」
「うん。え、やだ?」
「ばーか。キルアって何才から結婚できるの?絶対まだむりだよ?」
「…しらない、法律とかよくわかんねーし」
「…………」

確かにあの家に法律なんてないかもしれない。殺人一家だし。でも結婚、って、さすがに役所に提出しなくちゃいけないだろう。内縁?内縁夫婦になる気なのか?シルバさん達も内縁だったらどうしよう。

「キルアって戸籍あるの?」「あるある」殺し屋が出生届を出す姿が浮かんで思わず笑んだ。何笑ってんだよ、また手がぎりぎり痛い。12歳じゃ入籍はまだ絶対むりだ。16とか18くらいだろうか。
いくらゾルディックが怖くてもキルアを手放す気は毛頭なかった。踏み出せないだけ。あっちから言ってくれるならわたしはもうなにもこわくない。

「じゃあさ、一番早く結婚できる国さがす!」
「待てばいいじゃない」
「やだ。そろそろ兄貴に取られそう」
「はああ?なんで」
「取るっていうか、取り上げる? オレたち引き離すためにそういう手口もあり得るだろ」

…はあ。門で指紋認証しながらわたしは微妙な顔をした。恋をしている人間は疑心暗鬼になるというのは間違いではなくて、実際わたしもあいつにキルアを取られるのは危惧している。これだけ聞くとイルミどんな人間だよ。名前が出た途端手の力がさらに強くなって正直いたい。
「手離して、靴うまく脱げない」「ヤダ」「…イルミいないよ」「兄貴にビビってんじゃねーもん」そうですか。仕方なく靴は片手で頑張って、さあ明日にはいよいよ久しぶりにゴンくんが来るのにこんなんで大丈夫なんだろうか。お年頃らしくカッコつけて軽くばいばーいなんて言っちゃうような気もする。

キッチンの窓からはもう赤は見えなくなっていた。ぼってりした黒の中に微妙に星。田舎じゃないからそんなに見えないそれをキルアはまた瞳に映す。これを護らなくちゃいけない。まだかろうじて澄んでいるこの瞳を取られる前に、なくなる前に。チョコロボ君で釣っても離れない手は今ならひっぱれる。ついていける。
じゃあついていく方にしよう。入り込めないなら隣で見ていればいいのだ。

「そばにいれば安心できる?」

店でお腹がすいたとぶーぶー言っていた時の顔とは桁違いの真剣さで、キルアは眉根を寄せた。邪魔とかそういうんじゃなくて、心配してくれるんだなんて当たり前なことを思う。この2週間ずっとふたりで旅した話を、四人で戦った時の話を聞かせてくれた。どれだけ仲間が怪我をしたかも自分が怖かったかも聞いた。だから相当危険なことは分かってるだろう。そんな表情で首を振られてしまう。
確かに仕事よりよっぽど密度も危険度も高い。でも重要度は、最高ランクだ。

「護って、キルア」
「、オレがなまえを?」
「旦那さんになりたいんならね」

もうキルアには今までわたしが支えて護ったような力は十分ある。本人が気付かないだけ。言葉と真逆で子どもに言い聞かせる時のように両手を握って目を合わせる。いつのまに膝を折らなくてもよくなったのだろう。白い髪が風もないのにさざめいた。星をうつした青は右に左に動いて家族の呪縛に揺れる。握られる手は痛い。まだ、12歳。戦闘はプロでも根本的な人間が幼い。すでにわたしの方が支えられていることにも気付けない。

結婚できるようになるまでお互い生きていられる確証なんてわたしたちにはどこにもなくて、結婚してからもそれは続く。だからこそずっと一緒に、最期はそばにいる。闘う者の中では普通すぎるありがちな話だ。「…護らせて」ちいさなアルトが闇に浮く。

「なまえの旦那にしてよ」

今度は月を前に軽くわたしの唇を食べて、キルアはにいっと無邪気に笑った。その笑い方が一番かわいいよ。がぶがぶされた唇はすこしも痛くない。わたしの大人気なさには一生気付かないでいて。わたしがきみに会った日から死ぬまで、きみに支えられて生きてくこと。


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