わたしのお母さんの語彙には昔から「宇宙人」という謎のワードがあった。よく出てくるなあ、という程度のものだし、やたら推してくるわけではないんだけれど、なんでそこで宇宙人? ということがちょくちょくある。なにより隣でわたしたちの会話を聞いているお父さんが、そのワードを聞くたびに苦笑いをこぼすのが謎であった。

「お父さん、宇宙人きらいなの?」

幼いわたしは、ノートパソコン越しのお父さんにそう聞いてみた。彼は眼鏡の奥の大きな瞳を何度も瞬かせて、笑った。いつもの苦いものではなかったので、わたしの疑問はさらにとっ散らかってしまった。

「お母さんがよく宇宙人って言うからだろ」
「言う。その時お父さん、いつもうーんって顔するから」
「あれはですね、昔からお母さんがお父さんに怒ってますよーって合図なんです」

よく見てるんだなあ。お父さんはころころ笑って、マウスを何度か鳴らすとノートパソコンを閉じた。何の隔たりもなくなったテーブルに、わたしたちのサイズの違う手が残る。まっしろいわたしの手。それにそっと添うお父さんの、さらにまっしろい手。

「ねえ、宇宙人と人間、どっちに生まれたかった?」

お父さんはわたしの手を握ったり離したりしながら変なことを聞いた。宇宙人、って、どんなだ? この間見たアニメでは銀色で目ばっかりでかかった。絵本ではたこみたいな形をしていたし、いまいちよくわからない。会ったことない。わたしたこにはなりたくない。そう思って「人間にしとく」と答えると、お父さんは変な言い方だなあとまた微笑む。

「じゃあ俺たちが宇宙人じゃなくてよかったね」
「うん? うん、宇宙人がお父さんくらいかっこよくてお仕事出来るなら別にそっちでもいいけど」
「見た目と仕事で決めるのか、女の子は怖いなあ」
「宇宙人って何ができるのか知らないもん」
「宇宙人はね……サッカーがすごく強い」

サッカー? 反復しながらお父さんの手を握り返す。この間まさにそれをしに行って、絆創膏を貼って帰ってきたちょっとだけださい手。流星ブレード着地したら小石があって、なんて説明するお父さんに、お母さんは爆笑していた。ふたりは昔サッカーのチームメイトだったことがあるそうだ。

「お父さんでも勝てないの?」
「ひとりじゃ勝てないなあ」
「お母さんとだったら勝てる?」
「……勝てなかったなあ」
「そうなんだ」

未熟な幼いわたしでも、お父さんが何かを思い出すように喋っていることには気付いていた。でも何のことなのかはさっぱりわからないし、何と聞き出せばいいのかもわからないから、宇宙人の話だけを続けることにした。(この記憶が何歳の頃のことだったかもう忘れてしまったけれど、わたしは自分で言うのも何だが聡明な子どもだったのだ。それがこの両親の元に生まれた性だと知ったのは随分後のことであったが。)

「やっぱ人間がいいや」

お父さんは静かに首を傾けて、なんで? と聞いた。窓から差し込む陽が眼鏡の硝子の上できらきらと動く。

「宇宙人ってなんか、友達できなそう」

だって宇宙人って変な見た目なのばっかりだし、サッカーだけじゃなんもできない。
そう言ってお父さんを見ると、お父さんは顔をくしゃくしゃにして笑い始めていた。そのまま何秒も何十秒も笑っていた。こないだのお母さんみたいだった。ふたりは子どもの頃から同じ施設で一緒に育ってきた、大の仲良しだったんだとよく聞かされていた。学校もサッカーもずっと一緒だった。きっと色々なところが似ているんだと思う。よくわかんないけど。

眼鏡を外して、ようやく落ち着いたお父さんが深く息を吐いた。硝子がなくなってもお父さんの瞳はまっすぐきらきらとわたしを見ていて、たこや銀色の変ななんかとはまったく違う、とっても綺麗な星だと思った。

「宇宙人、やめといてよかった!」








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