「なまえ先輩、好きです!」
「え……え!?」
参った。
円堂監督に「片付けは男でやっとくから」なんてひらひら手を振られた部活の帰り、部室棟前で待っていたら呼び出された裏門付近。
なんとなく陸上部っぽいしらない男の子は1年生だ。少なくともサッカー部ではない。サッカー部の1年生は天馬くん達三人だけ、というかそもそもうちの部のひとがわたしに手を出そうなんて思うはずがない。
「…なまえせんぱい?」
「あ、えっと…」
へんじ、返事しなくちゃ。場数を踏んでいない分あわてる。
正直わたしはモテない。罵倒されるほどの外見はしていないんだけど、いかんせん人見知りの子なんて好かれない。だから告白なんて性格をよく知られてからじゃないとされないのだ。こんなの初めてでよくわからない。
「ごめんなさい、わたし彼氏いるから…」
意外だったのか後輩くんの瞳が見開かれた。そんなに露骨にびっくりされるとちょっと傷つくなあ。すこし目を潤ませた彼は、引き下がるかと思いきやまたわたしをじっと見て言う。泣かれたらどうしよう、そんなことを考えるわたしは意外と冷静だ。
「…彼氏いるってだけじゃなくて、ちゃんと俺じゃだめな理由わかるように断ってください」
「え、あ、そうだよね…えっと」
そんなこと言われても、わたしには彼以外に目移りするなんて考えられなくて。年下だからとかそういうことじゃないから伝えようがない、どうしよう。
一人であわあわし出したわたしを前に、告白した側なはずの後輩くんは落ち着き払ってじっと答えを待っている。
「言えないのか」
正門の方で生徒たちの遠い騒ぎが聞こえる中、問いかけた声は後ろからだった。
「俺じゃなきゃだめな理由、ないのか」
「拓人?」
弾かれたように振り返ったところで、後ろの木陰からわたしの彼氏がゆっくり出てくる。どうしてそんなところで立ち聞きなんて。夕日が反射してきらきら輝いていて、わたしも後輩くんも言葉を失った。
…きらきら?
「ちょ、たっくんなんで泣いてるの!」
思わず昔の呼び名が出た。盗み聞きしてしまったらしい拓人の大きな瞳は、後輩くんの数倍潤んですでに涙がラインアウトしていた。なんできみの方が号泣してるんだ。ぼろぼろと止まらないきらきらをまだ着替えていないユニフォームの裾で必死にぬぐっている。ああ坊っちゃんなのにおなか出して…。
「だってなまえなにも言わないから、俺じゃなくてもいいのかって、おもった、ぐすっ」
「よしよし泣かないの、…拓人以外考えたこともなくて困ってただけだよ」
ほらハンカチつかいなさい。差し出したちょっとしわ付きの布でぐしぐしと目元の水分をとるのを確認してから後輩くんを向き直る。改めてちゃんと返事しなくちゃと開きかけた口に、ぱっと制止の手が向けられた。
「もういいです先輩、なんかもういいです」
雷門中に入ってこのキャプテンを知らないひとがいる訳がない。半分あきれたようにわたしと彼の間で視線をめぐらせた後輩くんは、お邪魔しましたと微妙な顔で裏門から帰宅ルートへ走っていった。
泣き虫はといえばハンカチを握りしめてうつむいている。せっかく拭いたのにまたあふれた涙で声音が震えた。
「……俺なまえは、その、あんまモテないとおもって安心してた」
「うん、次言ったら殺す。盗み聞きよくないよ」
「いつも部室の外で待ってくれてるのにいないから…」
「いやストーカーしちゃだめでしょ」
ごめんなさいとしょんぼり目を伏せる拓人をあやすように抱きしめた。なかなか失礼なこと言われてるのにこっちが加害者みたいだ。
とんとんと背中を叩けば、安心したのか深く息をつく気配がした。ちいさい頃から蘭丸とふたりでこねくり回してきたけど全然変わっていない。
「ほら帰ろ。いい子に着替えといで」
手を引いてサッカー部棟まで歩いていくと、もう制服姿の三国先輩と蘭丸、それから円堂監督が見えた。まだすこし不安げに振り返る拓人の背中をそっちにとんと押してやる。
「ちゃんと待ってるからね」
「……ああ」
絶対だぞと何度か念を押してから先輩たちの方に走っていった。監督がうりうりとウェーブ髪を撫でている、また泣いたんかとからかわれているみたいだ。頭を亀みたいにひっこめた拓人はちらとこっちを見て、照れたようにはにかんだ。
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