プロット企画に参加させていただいた際のものです。悲恋気味。





都心を離れるにつれて車内がすかすかしていくのを、休日だというのにぱっちりした目で見ていた。陽の当たる席に座ってしまったけれど動く気にもならない。ぱちり、スマホを点ける。……光って見えない。赤い通知はついていないから大丈夫。何も心配することはない。彼はヒロトのことを厚い信頼とともに友愛している。変なことを考えているのは、わたしのほうだ。

おひさま園から電話があったのは数週間前だった。ヒロトがね、 戻ってくるからついでにあなたも一緒に園に遊びに来てって。恋人の試合の関係でわたしもごたついていてしばらく戻っていなかった 故郷。人づての待ち合わせ。毎日繰り返し利用していた頃とはまっ たく違う、改装された駅に降り立つ。今日は更に馴染みなく感じる。園を離れてまだ五年も経っていない。

ヒロトはもう何年も前から海外に出ていた。会社のいろいろを勉強 するためだった。子供でも理解できそうな言葉でしか浮かばないのは、あまり詳しい説明を聞いていないから。わたしには無縁な経験 をいっぱいしてくるのだろう、そんな適当なことを勝手に考えて落ち着いていた。子どもの時から空気を読み合って過ごしていたのもあって、その時も特になにもつっかかることなくさよならをしてしまった。なによりいつも自ら勝手に説明してくれるヒロトが、今回は、何も言わなかった。

改札を出てまた端末を点ける。待ち合わせ場所まで5分もかからない。なのにまだ約束の13時までゆうに20分はある。どうしたもんかなあ。早起きしたわりに何も胃に入れていなかったけれど、今更なにか買う気にもならず、とりあえず落ちあう予定の店前へ向かおうとした。通知ゼロのLINEを開いたり閉じたりしながら歩く。一番上にある彼氏のアイコン。ヒロトとのトーク履歴は機種変で消えてしまった。

「あ。歩きスマホ」

目の前が突然暗くなって、喉から飛び出かけた声を飲み込んだ。振り返る。真っ赤な髪。馴染みの深いもののはずなのに久しぶりすぎて戸惑った。ひろと。何年ぶりかの呼ぶ声に応じて眼鏡の奥で細ま る瞳。いつのまに正面に来たのだろう。

「名前は絶対早めに来ると思って」

「社長様をお待たせするわけにはいけませんからね」

「俺なんてまだまだですよ」

「まあヒロトが威張り散らす姿想像できないけど」

「どうかな、この数年でおかしくなってるかも?」

軽口は叩ける。頬も勝手に緩めて笑える。でも唇はやたらと乾いているように感じる。それはどうも。笑うヒロトの顔は海を渡る前よりも大人っぽくて、齢を重ねた以上になにか深みを増したように見えた。

見たかっただけかもしれない。なぜ車を出さずに駅前で落ちあいたかったのかは聞かなかったし、ヒロトも言わなかった。わざわざ駅から園までの道をゆっくり歩きたがったヒロトの気持ちは、さっきの笑顔でなんとなく伝わってしまっていた。なにも聞かずに送り出した時の自分の考えも、お互いの空気を読む癖が招いた今も、情景と共にゆるやかに思考の表面にひきずり出されてくる。女は上書き保存。晴矢がいっちょまえに豪語していた言葉は間違っている。だってちゃんと残ってる。クリーンアップしてもしても消えない。わたしにとってヒロトは、端末に元々内蔵されているアプリみたいなもの。機種変更は、できない。

すっかり緑の混ざった桜を見て「冬さ、東京大雪だったんだって? 国際ニュースでも取り上げられてたよ」なんてどうでもいいことを言う彼の雰囲気は子供の頃から全然ぶれない。大きくなっても偉 くなっても広い世界を知ってきても、変わってくれない。
おかしくなっていてくればよかったのに。

「……婚約。おめでとう。彼となら続いてるって思ってたよ」

もう言われ慣れた言葉なのに、背中が粟立つ感覚がした。右手に持ったままだったわたしのスマホにちらりと目を向けたヒロトは、すぐにそこから視線を外して優しく笑った。春の太陽に透ける瞳は本当に優しかったから、わたしは逆に戸惑った。きっと彼は、わたしの端末の待受画面が婚約相手だったのを、出会い頭にばっちり見ている。







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