「ピンクのマグカップ似合うねえ」

「えーそうかなあ」

「ピンク似合うのってイケメンだけなんだって」

「染岡くん? あはは」


あははの真意を知りたい。
粉を入れるだけの簡単カプチーノを両手で抱えて、士郎は録画したオリンピックの開会式を見ている。何が楽しいのかわたしにはさっぱりわからないけれど、スポーツに携わる人間にとってはワールドカップと大差ない扱いなのかもしれない。長々しい各国入場を1.5倍速にしてやれば国名聞き取れないよーとけらけら笑う士郎。

昼間に家にいるのはひさしぶりだなあと、そんな横顔を眺めて思う。締め切られたカーテンの向こう側は、暖房のきいた部屋からは想像のつかない横殴りの雪で大変な惨事になっていた。昨日なーんか掴めそうだったのにな、わたしが視線を外に向けたことに気付いた士郎が言う。
彼らの『なーんか』もオリンピックと同じくわたしにはよくわからない。円堂を始めとした彼の仲間たちは、なんか掴めそう! もうちょい! とよく言う。そして特訓の後必殺技を出す。本人たちにもその勘がなんなのかはよくわからないらしい。「でもほら北海道みたいだし、いまなら風になれるんじゃない?」「雪が降ったからってコンディション上がるわけじゃないよ」「そういうもんかね」「そういうもんだよ」とんだ名前詐欺である。


「こんな日こそなれそうだけどなあ。風」

「波に乗るとかとは違うんだ」

「そっかあ」


よくわからないままだったので、わたしはわかったような顔をしてみかんを剥いた。士郎はわたしがわかったふりをしていることに気付いているようだった。多分本人もうまく言えないのだろう。『なーんか』を理解できる人間限定のフィーリング。羨ましい。こういう時はサポーターしか出来ない自分の才能をちょっと恨めしく思う。わたしの足が蹴れるのはサッカーボールではなくてぐうたら眠たがる士郎の身体だけだ。他のサポーターからしたら贅沢すぎる競技だとは思うけれど。

いつのまにか入場は終わり、開催国が力を入れて作り上げたのであろう不思議な出し物が始まっていた。日本人とは感性の違う謎のストーリーを士郎は真剣に見ている。世界中と触れ合ってきたアスリートの彼と、同じ国同じ街でただただそいつが帰ってくるのを待っていた主婦のわたしでは、感じ取れるものが全然違うのかもしれない。その感性は今からでも追いつけるだろうか。それとも『なーんか』と同じで、わたしには生涯到底理解できない天才の第六感なのだろうか。

しかしマグカップを置いて士郎がこぼした感想はと言えば、「外国の子どもってほんとかわいいねー」であった。士郎のこういうところが、一緒にいてもいいんだなと思えるところだ。









×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -