「ずっと一緒に見たかったんやで」


ゆったり、頭を打たないように、関西弁に揉まれてきたヒロトは横たわりながら「俺もやで」と笑った。手持ちランプに集る羽の生えたなにか。消そうか。わたしがポジションを確保したのを確認してから辺りが一瞬で真っ暗になった。アスファルトに敷いた毛布に転がって、さらに上からタオルケットをかぶって。こんなにくっついているのに山の空気はむし暑さを感じさせない。むしろ飛び出た足が肌寒い。

わたしの家系は一年に一度ド田舎の曾祖父母の家に集合してやんややんやする習慣があった。生まれた時から二十何年。ずっと両親と登り続けてきた山を、今年初めてヒロトの車で訪れたのである。
珍しくテンパってスーツを着ていこうとした彼をなだめて来たこの山は、如何せん田舎だから空がきれいで。お盆のまんなか、ペルセウス座流星群。

夏らしい虫除けの煙を足と頭に立たせる。すこし歩けば酒の入ったおじさんたちの声が聞こえるだろう。無理矢理飲まされてふんわりアルコールを香らせたヒロトと手をつないだ。なまえの婿だ婿だと遊ばれていた貴重な社長を思い出す。街頭も信号も建物も、なにもなにもない。慣れ始めた目が星を捉える。


「今までなまえが見てた景色と同じものを見たかったんだ」

「……なんだそれ」

「俺が望遠鏡持ってこなかった理由」


ふふ。かわいく笑ってなにも喋らなくなる。ずるい。照れ隠しもなにもない、お酒が入ったヒロトの心臓に悪い笑顔だった。
漫画のように一方向にも一度にたくさんも流れない現実の流星は、ひとつが流れるまで時間がかかる。都会育ちには名前もわからない虫が求愛だかなにかを奏でて、山の夜は静かであり騒がしかった。虫と、鳥と、時折蛙が笑って。「富士山とはちがうや」「あれ火山じゃん」「…そうだね」含みのあるヒロトの同意が妙に気に入らなくて手の力を強める。闇に浮く白い肌から空へ視線を動かしたところでタイミングよく星は流れてくれない。


「すごいな。大三角も天の川もきらきらだ」

「でしょ。わたしは都会育ちのくせに見慣れちゃってるけど、ヒロトはびっくりするかと思って」

「ありがとう、連れてきてくれて」


吐き出す息に紛れた感謝にすこし呼吸がとまった。こちらこそ、来てくれてありがとう。結婚してくれて。親戚に紹介できる仲になってくれて。わたしにはもったいない、まさしく星の存在のような旦那さま。王子さま。なんて言ったらいいのかわからないままヒロトはまた黙り込んで空に集中してしまって、ありがたいようなさびしいような気分になる。


「あ。流れた」

「え、俺見えなかった」

「真上を見て、全体はぼやっと見えてればいいんだよ。変化があったら目が勝手にそっち向く」

「コツがあるんだね」


星見についてはかなり知識のあるヒロトも、大自然の山中で肉眼で見る流星群は初めてである。対照的にわたしはいままで毎年これだけを経験してきたこの空だけのプロだ。方角や星座の位置や天の川、記録してきたわけではないけれど大体は全部覚えている。

謙虚と負けず嫌いを器用に併せ持つヒロトの呼吸がさっきのわたしのように静かになる。集中しているのだ。そんなにがっちり構えなくても上を向いてれば見えるのに。ずっと星を見つめていると徐々に目おかしくなってぼやけてくる。二重になった白が群青にまぎれそうになった瞬間、上から下に落ちるかのようにまたひとつ流れた。隣から大きな吐息、緊張を解いたらしい。今度は俺も見えたよ。そんなふうに握り直される手は不思議と暑くない。


「あのね、」

「うん?」

「俺、2年か3年くらい別の星にいた時期があったんだって言ったでしょ」

「……地球外生命体」

「せめて宇宙人にして」


ヒロトがふしぎなことを言うのはよくあるから特別な反応を示したりはしない。昔のことを、宇宙人をやめるまでのことを話すとき、ヒロトはよくぶっ飛んだ内容にさらにぶっとんだ冗談を混ぜる。サッカーをしていたこと。親がいないこと。円堂選手との出会い。すべて、まじめに話すことを嫌がるかのようだった。
エイリア学園の話を聞かせてもらえたのは、プロポーズの前日。


「俺はほかの星に住んでた。人間のままじゃ生きられなかったから」

「うん」

「たくさん星をみたよ。星座もさがした。宇宙からのぞく流星は近すぎてしまって、怖くて、がっかりしたんだ」


宇宙から。それは多分、望遠鏡の話だろう。でもそれで流れ星を探した時のヒロトはまだ宇宙人だったのだ。それは熱を感じる位置で見たのとおなじことなのだった。その頃のヒロトに会いたかったと切実に思った。宇宙人のヒロトにどんな風に拒絶されるのか、そこだけがやたらと気になった。

そんなこんなしているうちにまたひとつ星が落ちて手が握られる。いつもはクールだけれど初めてのものに触れるときの彼は本当にどきどきというか、まさしくわくてかしているので面白い。何千年も前のただの塵なのに。塵はぎゅっとできる位置にこないうちに大概絶対燃え尽きていく。


「ヒロトが星の王子さまだった頃に見た流れ星はさ」

「地球外生命体から随分おしゃれになったなあ」

「うん。その星は今見てる星と、宇宙からしたら全然かわんない頃に燃え尽きたんだと思うけどね」

ぎゅっと。手だけでは足りない分を、鍛えられた胴体に込めた。宇宙人の時無理に造り上げて、作り直して、すてきになった身体。視線は上を見たままで。人間になったヒロトの普通に過ぎていった10年間を短いと言うわけでも大事じゃないというわけでもない、ただ「別に2年くらいいいんじゃね」って気持ちで。
やっぱり都合よく星は流れなかったけれど、ヒロトの回りの空気はやさしく震えてくれた。








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