明日は立春だかなんかでつまり今日は節分で、節分というのは鬼にむかって豆をぶち当てて鬼ごと厄を滅するという何つーかよくわからない行事で、ええと、つまりこれはどういうことだ。

食堂に入ってきた寝起きマサキはそんな感じの顔で固まっていた。中学一年生の冬、自分の家の衝撃的な一面を知ったようである。ここ何年かは忙しくて社長さんと秘書さんがこなかったからお日さま園の豆まきはここまでデッドヒートしなかったのだ。
庭も食堂も縁側も床に大量の武器が散らかっている。今奴らは庭で戦闘中のようなので、わたしはマサキに声を掛けると踏まれて再起不能になった凶器を回収し始めた。これ毎年どうしてるんだろう。まさか知らぬ間にわたしたちは食べさせられているんだろうか…。

どすん、廊下で誰かが滑る音がした。戦場が室内へ移ったようだ。これはたぶんこっちに来るな。説明を求めるマサキの手に貯められたごみ(?)を袋に詰めて、空になった手を引いた。
床の粒を踏まないように蹴飛ばして寄せながら部屋の隅へ移動。「マサキ、しゃがんで」「は?なんで」「いいから」首根っこを掴んでぐっと下に押した瞬間、一瞬前までこめかみがあった位置を弾丸が通り過ぎる。あ、マサキ青ざめた。面白い。


「風介この野郎!!」

「晴兄これマサキ」

「…あ、わり」


飛び込んできたのは南雲晴矢(24)だった。(24)。ここ大事。滑った時に脱いだらしい靴下をポケットにつっこみ、本日の赤鬼係のはずなのにお面はいつのまにやらどこかへ消えている。変なとこに置かれるとちびっこ組がびびるからやめてほしいんだけど。そしてツッコミたそうにうずうず動くマサキの視線の先は、節分なので当たり前と言っちゃ当たり前だけど、ビニール袋につめられた大量の大豆であった。

ちなみに今日参加している園出身者の大人(鬼)は合計5人、豆を手にしているのは4人。唯一大人な治兄さんは瞳子さんと一緒に子ども達をどこかへ連れ出してくれたので、今家にいるのはだめになった豆を回収する係のわたしと寝坊したマサキ、そして戦闘中の鬼4匹だけ。小さい頃から回収係として鍛えられたわたしと違って、ようやく説明を受けたマサキは「もうそれ豆まきじゃねえじゃん!」とすっとんきょうな声音で正論を叫んだ。やばいこいつ久々に見る常識人だ。


「なあなまえ、罠設置って前禁止にならなかったか」

「人数多いから今年はOKってルール説明で言った」

「……まじ」

「あとあのワックス床仕掛けたの青鬼じゃなくて紫鬼な」

「なっなんで引っ掛かったの知ってるんだよ!」


わたしがさっき寄せた豆を適当にビニール袋へ補給して、晴兄は再度颯爽と飛び出していった。椅子に乗って窓から庭へ。わけがわからないよ顔をしながらもマサキがひゅうと口笛を吹く。10秒しないうちに緑鬼の悲鳴が聞こえた。ヒロ兄探すんじゃないんか。


「…意外だな、緑川さんはともかくヒロトさんがここまでやるなんてさあ」

「10年くらい前から毎年恒例なんだって。わたしも鍛えられた兵士よ」

「…瞳子さん怒んないの」

「見放してる」


あらあら。中一はおばさんみたいな声を出して豆を拾った。そういえばこの子は朝ごはんを食べていない。「食べてもいいよ」「やだよ外で投げられた豆なんて」「ブルーシート完備」「…そこまでするかあ?」
結局洗って食べているマサキをまた呼んで、わたしは仕事場を食堂からどうやら今の戦場である縁側へ変更することにした。子鬼を育成するのは早い方がいい。DFは初参戦だ。実験:ハンターズネットは豆も防げるのか。…超楽しみ。なにも知らない子鬼は豆を食べながらぽてぽてついてくる。さながらあひるの子のようでかわいくて頬をつねってみると、ぶすくれて食物兼武器をぶつけてきた。





ブルーシートには風兄とヒロ兄がいた。この二人のバトルは無駄がなさすぎてなんだか怖いので危険である。ヒロ兄の跳躍、投球する腕は音が鳴るくらいには早い。風兄の右足を掠めた豆は後ろの木に当たって粉砕された。晴兄はパワーと数で勝負なので流れ弾がよく来るのだが、このふたりは来なすぎて逆に気味がわるい。たっぷり余裕のあるビニール袋を手にしたふたりは、わたしが縁側に滑り込んだ瞬間ザッと音を立てて身構えた。これがよくいう殺気なのかな。


「なんだ、なまえか。ごくろうさま」

「マサキも参加するのか」


構えを解いたふたりは朗らかに笑った。いつも園の子に向けている優しい笑顔なのに、今のマジな威嚇顔を見せられた後では逆に恐怖が増す。風兄頬切れてるし。「豆まきって一体…」同じ所を見ていたらしいマサキが愛想笑いを引きつらせてわたしの服の裾を引いた。この子も来年はもうこんな感じだろうけど計画はまだ秘めておく。とりあえず無理にでも巻き込んで、楽しませてしまえばいい。わざと起こさずに寝坊させたヒロ兄の意図は言われなくとも大体わかる。

雷門中サッカー部には負けない。


「ヒロト、休戦だ。ふたりともおいで」


風兄が豆の殻を払った手で縁側のたんすを漁り、なにかを引っ張りだす。マサキの頭につけられたそれはかわいい子鬼のお面だった。次にわたしにも同じもの。満足気なヒロ兄が「手加減するから罠にだけ気をつけてね」なんて楽しそうに言った。ハンターズネットは豆も防げるのか、実験開始である。落ちていた豆のビニール袋を渡されたマサキはびびっているように見えて、目つきのわるい金の瞳がきらきら輝いていた。男の子らしい。

マサキが学校やサッカーを楽しんでくれるのはわたしたちにとってとても幸せなこと。でもやっぱりお日さま園の思い出もたくさん作ってやりたい。いつかマサキがわたしの年齢に、そしてヒロ兄たちと同じ年齢になった時、彼が純粋に楽しめるものをこの家に作り上げるのはわたしたちの役目だ。学校になんか、伝説の雷門中なんかに負けないのだ。


「じゃあマサキ、赤鬼狩ろうか?」


お面を顔の横に固定して問うと、彼は意外と乗り気ににやっと頷いた。うまい具合に狩人の血を引き出せたみたい。大人ふたりの戦闘再開を合図にするように、今度はマサキがわたしの手を引いて走り出す。サッカー部のスピードちょっぱやだった。目指すはさっきリュウ兄の声がした門の方。立春なんてどうでもいい、たのしい事をマサキにさせたいだけ。一緒にしたいだけなのだ。





(オペレーション・オーガ始動だね!)
(楽しそうですね社長)






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