雷門サッカー部の1年生は6人。うるさい松風くん、ちいさい西園くん、性格のわるい狩屋くん、素直すぎる影山くん、あと名前はわからないけど元気でポジティブなマネージャーの女の子。そしてみんなガキ。京くんは最近学校の話をしてくれるようになった。たまにお勉強の話とかもするけど、学校の話となるとたいていサッカー部の話題になる。

わたしの知識は京くんの口から出たものしかないから完全に変なイメージになってしまっているんだけど、その子たちの話をするときの京くんはうんざり呆れきったように見えて、遊び疲れたかのような苦笑いをするから彼らはきっといい子なんだと思う。


「京くんほんとサッカー好きね」


わたしが立てるタイピング音の中に、ちいさく肯定が混ざる。京くんほんとにサッカー部好きね。そう聞いたらべつにとか言うのだろうか。コーヒーを飲み干してノートパソコンを閉じた。だってもっと楽しいことがすぐそばにあるのだ。
右を見ると京くんは学生らしくテキストを開いていた。そういえば雷門はもうすぐ試験だった気がしなくもない。開いているのは英語。理系の京くん苦戦中。


「She have seven desks.…色々とすげー文だね」

「間違いを直す問題なので」

「いや、机そんないらないって意味で」


京くんはひとつ笑ってから、haveの下に軽く線を引いた。前に嫌いだと言っていた三単現のsはマスターしたらしい。笑顔を解き英文を睨む眼は相変わらず鋭くて、顔だけ見れば誰かにガンつけているようにしか感じられない。この子授業中もこんな顔で先生射殺してたらどうしよう。

英語は今の時代一番大切な教科かもしれないので邪魔はだめだろう、つまらない。でもわざわざわたしの家で勉強しなくてもとは欠片も思わなかった。むしろやらなければいけないことがあるのに来てくれた嬉しさに浸る。京くんったらわたしのこと大好きなんだから。変な考え事をしながら中一にしては大きな背中にへばりついた。「…あの、腕動かないです」「あれっごめん」結局邪魔してしまった。だめなお姉さんだ。

いい匂いがする。くんくん、背中に鼻を押しつけるとくすぐったかったのか少しだけ身じろいだ。かわいいなあ。にやつくわたしの頭ではすでに邪魔してはいけないなんて大人な考えは薄れはじめている。筋肉の動きを妨げない程度にもたれ掛かりながら、やたらとゆっくり聞こえる時計の音に焦れた。…つまらない。やっぱり。確かテストはもうすこし余裕があったはずだ。後ろから手首を掴まれた京くんは慣れた様子でため息をついた。どうしたんですかなんて野暮なことは聞かずにただわたしがしゃべるのを待つ。


「京くん、泊まっていきなよ。家には電話したげるから」

「泊まってほしいのはなまえさんじゃないですか」


「やかまし」机で震えも光りもせずに京くんのお勉強を眺めていた携帯に手をのばす。剣城家は共働きだから今はだれもいない。うちは京くんの学童だから。もうそんな純粋なものじゃないので両親には申し訳ないけど。
剣城母のアドレスを引き出そうとフリガナ検索を始めたところで、京くんがこっち向きで座り直した。


「連絡しなくて平気です」

「へ?なんで?」

「…言ってきた、から」

「…………。…泊まるって?」


口を閉ざした京くんが頷く。どうしてそんな射殺す目で床を見るんだ。わたしの家に穴を開ける気か。怒る時も泣く時も照れる時も、京くんは目つきが悪くなる。慣れたわたしでも時々怖くなるくらいには。
でもそんなもの閉じさせてしまえば、頬を赤くしたかわいらしい表情に早変わりしてしまうのだ。サッカー部の子たちは絶対知らない顔なのだ。血の色に熟れた頬に手を添えて髪のゴムを解くと、伏せられたまぶたがぴくりと動いた。そんなに身構えなくてもすぐキスしてあげるのに。


「あの、前も言ったけど」

「ん?」

「兄さんには…秘密にしてください」


さあどうしよう。いつかついつい惚気をこぼしちゃうかもしれない。旧知は怒るだろうか、呆れるだろうか。案外うれしそうに笑うかもしれない。もう京介も子どもじゃないからな、なんて。
学童はもう、ここにはない。







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