※病みすとれ注意



地雷を踏んで脚がない。何度も、様々な言葉で、声で聞かされた。実際に目にするまでの時間だって何日もあって、それなりに脳内整理も終了している。感情をねじ伏せるのは得意だもの。血も肉も骨も慣れるくらいには見たことがある。いっそ包帯を解いてふさがりかけの傷口を見たってどうってことない。

「あ、ミストレ」だめだった。なぜか耐えきれなかった。ベッドの上で俺を見上げるなまえの両足は、言われたとおりそれが当たり前かのように途切れている。左足は膝蓋骨までふっとんで、右足は大腿骨も半分消失。それだけで済んだのは彼女の優れた瞬発力のおかげなのだと飽きるほど聞かされた。だからあきらめろ、遠回しにそう洗脳しようとしているのだ。なまえは優等生なんだから当たり前じゃないか。噛み締めた唇が不味い。


「久しぶり。面会可能になるまで時間かかっちゃった、ごめんね」


なんで、何で謝るのさ。何で脚がないのさ。場所は離れていても同じ戦場にいたのに被弾ひとつしていない俺の身体。いつかなまえが美しいと誉めた脚が、俺にはしっかりくっついている。なまえの小さなそれは。女であるせいかいつも通信兵扱いだとぼやいていた軍人のみょうじなまえは、もうない。もういない。

初めて自分を腑甲斐ないと思った。強くて美しいはずの俺は、女ひとりも守れないただのクズだったのだ。今日は砲兵ですと嬉しそうにかしこまって敬礼したなまえのこんなに細い脚すらも。


「…ごめん、王牙の軍人失格だよ」


視線に気付いたのか短い脚を動かしてまた謝る。あ、動かせるんだ。神経だけでこんなに安心できたあたり、俺の脳はこんな状況でも人間くさい働きをしているらしい。相変わらず入り口で立ち尽くしたままの俺を、 なまえはすこし戸惑ってから手招きした。寒気がとまらない。なにかを一枚隔てたような意識の中で、彼女は動かない俺が怒っていると勘違いしているのか何なのかただひたすらに謝罪していた。

ごめんねなんてやめてよ。気持ち悪い。どうして俺には脚があるんだ。いつか結婚して子どもでも出来ればなまえは軍人をやめて、初めて普通の女の子に戻れたんだ。そんな些細な光さえも奪うほどに現実は残虐だった。滑稽だった。世界も俺も。


「なまえ、ごめん、ごめんね」

「…ミストレのせいじゃないよ」

「俺以外にだれがいるのさ、」


自分では動けない彼女を腕で縛る。謝らなければならないのは指揮を取ったくせに別行動していた俺だ。なまえはなにも悪くない。おかしくなんかない。おかしいのは、脚なんて変なものが生えた俺だ。掻き抱いた上半身は先週、最後に触れたやわらかいなまえとまったく変わらない温かさのまま。胃酸をのみこんだ瞬間に唇が鉄から塩の味に変わる。今ここで俺の脚を切り落としたら同じ温もりが流れ出るのだろうか。

開始時間二○三○、隊員13名。駐屯地付近の危険ランクはAだったがミッション自体はさして難しくなく、交戦になる確率も高くはない比較的平和なものだった。いつ確認してもルートも配列も状況確認も完璧だったように思う。何の変哲もない夜道の右側、草むらの中。 なまえの右足は運悪く、的確すぎるほどに調査漏れした旧式の地雷を捉えたのだと聞いた。

それは彼女の両足を吹き飛ばし右手首を折って、そばにいたエスカの片目も傷つけた。ひとり欠けて基地に帰還し、俺に頭を下げたエスカの眼帯の白が脳裏で四角く浮く。あんな傷すらも負わずに俺はここで、のうのうとなまえを抱きしめているのだと思うと吐き気が止まらない。彼に、何より彼女に謝られたことが許せなかった。謝らせたことが。


「なんで、ミストレが泣くの」


混ざりあっても塩味は変わらない。俺のとなまえのが同じだなんてありえないのに。きたない俺のときれいななまえの。混ざる資格もないほど。
美しくて完璧なミストレーネ・カルスはもうどこにもいない。何の価値もないクズ虫が、恐れ多くも宝石を抱いてここで穢れた涙を流している。ただそれだけのこと。

なまえの身体はとても美しくて泣いた。きみの足になる。腕になる。目になって耳になって、いつかは俺を食べてくれればいい。そうして汚い俺をすべて取り込んで浄化して初めて彼女は幸せを手に入れるのだ。なまえが俺の頭を撫でて、なぜか驚いたように泣く理由もその頃には分かるだろう。







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