猫目は猫目でも光りはしないんだ。当たり前なのにちょっと残念。そんなばかな事をわたしが考えているなんて露知らず、マサキくんは上がろうとして椅子にかけたらしい足もそのままにその目を見開いてこっちを凝視した。暗がりの中に金。


「なんか、用かよ」

「いや、お茶飲みに来ただけよ」

「早く飲んで帰って」


ここはみんなの台所なんですけどね。文句は言わずに冷蔵庫を開く。晴矢のジュース飲んじゃおう。
わたしが部屋にいるせいか、マサキくんは捜し物を一旦中断しているようだった。おとなしく飲みながらそっちを見る。大体とっくに眠る時間だっていうのに何をしているんだろう。
お日さま園で働く身としては叱らなきゃいけないんだけど、なんだか叱る気にはなれなかった。台所に金品ないし。包丁類は危ないので鍵つきの引き出しにあるから自殺もできない。孤児院は深い事情のある子どもの集まる場所なのでそんな配慮は有り余っている。


「マサキくん、ジュース飲む?」

「…いま、いらない」


絞りだすような返事がきた。さっきだったら欲しかったのだろうか、首を捻りながら果汁100%のりんごジュースを飲み干す。夕食後もみんなでアイスケーキ食べちゃったけどまあ大丈夫だろう。太ると思うから太るんだ。……逆か。
濃い味で更にのどがかわいたような気がしつつグラスを置いたわたしの視界に、水の入ったプラスチックコップが写る。濡れたそれは触ってみるとまだ冷たくて、マサキくんが入れたのかもしれないと思った。ピッカピカの中学1年生がただの浄水飲みたがるなんて物好きだなあ。

もう一度マサキくんの方を向く。ついに椅子に乗り上げて戸棚の上を散策再開した彼は、一体なにを探しているんだろうか。豆電球だけで何を焦ってがさごそしてるんだろう。とりあえず電気のスイッチを押してやると、ちらっとこっちを見るので笑いかけてやった。
信用してくれない目だった。つめたく鋭い、それ。最初の頃は園でも猫被りしてたくせに、もう中学生になってしばらく経つマサキくんはすっかりただのクソガキである。ヒロトとわたしで何が違うのよ。サッカーができたら好かれたのかもしれない。こんなんで雷門なんか転校できるのかなあ。

中学生はなにやら呻きながら棚を移動して、救急用品を引っ張り出した。箱を開けたり閉めたり、落ち着かない様子でひたすらなにかを探す。いまはいらない、絞り出す声、浄水、救急用品。脳内でぱちんとすべてが組み合わさった。


「マサキくん、お腹痛いなう?」

「!」


弾かれるように丸くなった目がまたこっちを向く。俊敏に動いたせいでお腹が動いたのか、ついにそこを手で押さえた。おっくうそうにふいと横を向いたその子はかわいいのかかわいくないのかよく分からないが、予想は間違っていなかったらしい。残念ながらうちの正露丸は使用頻度の高さから別の場所に隔離されていて、そこを漁っても薬は龍角散しか出てこない。臭いの違い。

マサキくんは、お腹をおさえたまま何も言わなくなった。なんだ、つんつんしているわりには素直な奴じゃないか。昔のヒロトとかよりよっぽど転がしやすい。苦しむ子どもを目の前にした20代職員としては失格なのかもしれないけど、自分で捜し出すことに意固地になっているクソガキは見ていてとても面白い。


「正露丸そこじゃないけど」

「…正露丸なんか飲まない」

「じゃあなに探してんの」

「……」


なぜ黙る。
お薬係は大体瞳子さんがやっているから、どんな種類がそろってるのかはわたしはあんまり知らない。だからといって、場所を教えて退散するのもつまらないなと思った。言ってしまえばただの意地悪である。

どうせ探してるくせに。戸棚漁りを再開した彼を尻目に入り口すぐの引き出しを開けた。いろいろある中から漢方薬発見。なんか隣にも「はらいた 小児用」なんて書いたのがあるのでとりあえずそれも持つ。消毒液の瓶を鳴らすマサキくんに抜き足さし足で忍び寄ると、わたしは大人気なく後ろからひたりと頬に当ててやった。今思えばお腹痛い子どもにやるいたずらではなかった。


「っな、何すんだよバカ!」

「おくすりですが」

「頼んでないだろ!」


じゃあおまえは頼まれないと隣の席のやつが落とした消しゴムを拾ってやらないのか、聞こうとしてからこいつなら本当にやるかもしれないと言葉を飲み込む。今ならマサキくんはそんなことしないと自信を持って言えるんだけど。

腹痛を隠さなくなって痛みで歪んだ瞳が、わたしが掲げた瓶を捕らえる。「あ、それ、」ちいさく声を出して反応したのは右手に持った小さい方。ミヤリサンだった。赤ちゃんにもやさしい基本小児に使うやつ。ミルクに溶かして与えることができる、基本乳幼児に使う顆粒。基本幼児に使う。


「…マサキくんが探してたのこっち?」

「……悪いのかよ」


悪くはない。ただまさかこのキャラで正露丸飲めないなんて思わなかった、だってこの薬は甘い味のする粉のやつであって。中学一年生がまだ愛用しているとはあまり聞かない。
ばつ悪そうに猫目を細め、マサキくんはわたしから小瓶をぶんどった。探す前に溜めたらしいさっきの浄水で一気に飲み込む。ちょっとだけ眉をしかめたのは舌に粉が残ったからのようだった。これすらうまく飲めないなんて。

「ありがとうございます」ちょっと余裕が生まれたのか、全然感謝していなそうな敬語とともに瓶が戻される。乳児の写真が印刷されたかわいいパッケージ。それをあのマサキくんが必死になって探していたのだ。
あらまあ。わたしは少し楽しくなった。マサキくんはぽけっとするわたしをあの猫目でじと見している。

この子はたぶん、普通にかわいい子だ。みんなで食べたアイスケーキ程度でお腹を壊す上にミヤリサン愛用のだいぶかわいい子だ。


「ほら、もう寝なさい」

「…はい」

「ん。湯たんぽ入れてあげるから寝る前のトイレ行ってこい」


とん、背中を押す。精神的に落ち着いたらしい中学生は嬉しいのか嬉しくないのかよく分からない顔のまま、大きく頷いて廊下へ出ていった。どうしよう。湯沸かし器の温度を上げながら口もとを押さえる。クソガキのくせになんて生意気な。
ヒロトとかなんかよりよっぽど厄介じゃないか。

翌日わたしは晴矢に怒られた。なんでわたしが一番に疑われてバレたのかとかなんかそういうのはもうどうでもいいくらいにはすっかり忘れていた。ミヤリサンをしまい忘れて瞳子さんにも怒られた。


「なまえさん、これ」


朝飯を作っていたわたしへ湯たんぽを返しに来たマサキくんはほっぺたが赤くなっている。撫でてもいいのだろうか。もう引っかかれはしないだろうか。
「おなかもう平気?」「んー」そっと頭に乗せた手は意外とおとなしく受け入れられて、わたしは逆にどうすればいいか分からなくなって、朝飯が遅いと子どもたちにどやされた。3回も怒られた。全部マサキくんのせいである。






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