おとなりの一郎太は人見知りの強い4歳の男の子である。見送りに出てきてくれたわたしの母さんが話し掛けると、もじもじして何も喋らなくなってしまうのだ。
目をそらして唇をぎゅうっと噛み締め、母さんのとなりにいるわたしへダッシュしてくるのがよくある光景だった。女子高生に抱きつけるのは今のうちだから存分に堪能しておきなさい、慣れきって傷ついた様子もない母さんがふざけて言う。


「一郎太、あけましておめでとう」


抱き上げながら言うと、一郎太はふにゃあと涙目を細めて挨拶を返した。「お、おでめとー…」今年もうまく言えなかった。
今日は一郎太と近所の神社へ初詣である。お互いの母さんは正月準備で忙しいからふたりで。たいして珍しいことでもない。手袋をはめた手をしっかり握って出発進行した。一郎太が歌うBGMは正月なのにひな祭り。子どもの考えることはよく分からない。

神社は隣町なので、電車に興奮する一郎太をうまくコントロールして到着する。予想通り出店と人でごった返す境内を見て「おまちゅり」と一郎太がつぶやいた。あながち間違っていない。4歳にしてはすこし小柄な身体を抱えて賽銭箱まで歩いていく。


「先に神さまにご挨拶しよう。お店はそのあとね」

「いえす」

「…惜しいな」


わがままを言わない一郎太は、お菓子やおもちゃの横をいくら素通りしても大人しくしていた。わたあめ、わなげ、クレープ。彼がじっと見た店をさりげなく脳に書き留める。帰りに寄らなきゃ。この子は本当に駄々をこねてくれないのだ。

何度かぶつかられながらも賽銭箱へたどり着いた頃には、わたしの髪は自由奔放になっていた。一郎太が手袋を外した小さな手で前髪を整えてくれる。子どもの面倒って予想以上に神経使うなあ。財布をひっぱりだして一郎太に5円玉を握らせ、手袋はなくさないうちに回収。この年にしてはおばさんくさい手際だ。ぱんぱんと手を叩くと、一郎太もあわてて真似をした。


「今年も一郎太と仲良くできますように」

「なまえちゃんと、なかよくなるよおに」

「できますように、でしょ」


さて、あとはわたあめとわなげとクレープ、ベビーカステラも買おう。そうしたら駅に戻って、河川敷までかけっこをする。河川敷からは二人で手をつないで帰って、家の前でお年玉を渡すのだ。ちゃんとママに渡してねって釘を刺しながら。
一郎太はきっと大きすぎるくらい素直に頷いて、わたしの足にしがみついてくる。わたしはそれを抱き上げるだけ。頬にちゅっとすれば一郎太は歓声を上げてじたばたするから、それを落とさないようにしながら風丸宅の門を開けて、インターホンを押してやればいい。

いつまで一郎太がわたしに無条件で懐いていてくれるか分からない分、わたしは彼をとても可愛がっていた。男の子なんて、きっと小学校高学年にでもなってしまえば照れたり何だりで構ってくれなくなる。それまでにどれだけ一郎太と遊ぶことができるか。
お金くさい一郎太の手を握った。ちいさな手。これが大きくなった時指を絡めるのはきっと、わたしではない。






「あけましておめでとう」


言えるようになった挨拶とともに、おとなりの一郎太はすっきり大きい目を細めた。人見知りもあんまりしなくなった14歳の男の子である。改まって頭を下げると、一郎太はなんだそれとからから笑った。

いつからか初詣には行かなくなって、挨拶の場所も外から玄関に、玄関からわたしの部屋にと移っていった。空気を読んでいるらしい母さんは台所から出てこない。正月らしくせんべいと緑茶が簡易な机に乗せられて湯気を立てている。


「なまえさん、今年も独り身年越しだな」

「実は結婚を前提にした彼氏が」

「いたら怒るぞ」


怒ってくれるんだ。大きくなった手袋を外して、一郎太はまっすぐ前を見る。わたしを見る。昔からまっすぐな、今年でもう中3になってしまう一郎太の目だ。時が経つのは早い。年寄りじみた発想だなあと思ったけれどおばさんくさいのは昔からなのでいまさら気にするまでもなかった。

何となく近くに寄ってあげれば、一郎太はくてっとわたしの首筋に顔を埋める。無意識なんだろうけど官能的。どう扱えばいいか分からずに行き場を失っていた両手がようやくわたしの背中で落ち着いたので、こちらも遠慮なく細い身体に腕を回した。片手で抱き上げられていた頃とはちがう。細くもやわらかくもない男の感触がする。特に一郎太はスポーツマンだから。


「あのな、」

「ん?」

「俺さ、去年ガキだった。今年もたぶん、ガキのままだ」

「…うん」


知ってるよなんて言えない。一番知っているのは彼なのだ。いくら距離を詰めても年齢は狭めることができない。わたしにとっても一郎太にとってもそれはなかなかに高い壁であった。指を絡めていいのかどうかすらお互いに繊細に迷う。

広い世界に出れば、一郎太は恋情ですらなかったわたしなんか忘れて同い年くらいの子と恋を覚えていくのだろうと思っていた。でも違った。気付かないふりしようとするわたしを、一郎太はしっかり捕まえてしまったのだ。広い世界どころか本当の外国を知って帰ってきても、一郎太は笑顔でわたしの名前を呼んだ。


男の子はいつ好きな人の扱いを覚えるのだろう。諦めて、でも諦めきれずに悶々としていたのはわたしだけではなかった。成長も悩みも強さもひっくるめて全部を見てきたこちらとしては、精一杯のディープキスも一郎太らしくて思わず笑ってしまう。


「でも俺はなまえさんのこと好き」

「…わたしもです」

「知ってます」


抱きしめる。赤ちゃんっぽい匂いのしなくなった一郎太は、昔からは考えられないわがままなことを言いながら抱きしめ返してくれた。
人込みの中でしがみついてきていた腕を、なぜか正月が来るたびに思い出す。なまえちゃんと仲良くなれますように。ねえ一郎太、それってこういう意味だったのかなあ。そんなわけないけど。額の増えたお年玉がポケットでつぶれる感触がする。
絡める指は、わたしのもの。






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