「あったかいねー、ふふ」
こたつに足を突っ込む士郎の向かいから同じように暖を取る。冷えきった外界からやってきた士郎の足はおもしろいくらい冷えていて、確実にこたつの温度が下がった。仕方ないのでこたつ布団の下に毛布も重ね入れてやれば気持ちよさげにもふもふし始める。それをさせたくて入れたわけじゃないんだけど、楽しそうなので放置しよう。これにいちいち構っていたらわたしのGPはなくなってしまう。
「あーそうだ風丸くんにみかんもらったんだよ、バッグに入ってる」
日本のプロリーグではみかんがもらえるらしい。
エナメルをあさって、タオルとユニフォーム、それから小さいのに何やら重いビニールをひっぱり出す。士郎はわたしがやらないと洗濯物を出さない甘えんぼさんなのだ。
ビニールにはみかんがふたつ入っていた。「みょうじにもって、ふふ」どうして士郎の方がうれしそうなのだろう。久々に聞いた名字、つられて笑いながらこたつに戻る。暖かさはすっかり復活していた。
「なまえちゃんみかん好きでしょ」
「うん」
「ぼくとどっちが好きー?」
「…士郎ねむいの?」
疲れたからねえ。へらへら笑う士郎はさっそく皮を剥いていた。白筋を取るのもそこそこに二房くらいをがつっと口に入れて、あまーいなんて言っている。話によれば風丸は果物の目利きがうまいらしい。
おばあちゃんのような特技を知ってしまった。便利だなあと思いつつ軽くへえーとだけ返す。反応が返ってくるだけでうれしいみたいな顔をされてしまった。やたら機嫌がいい、年明け二日目から練習だったというのに。いや、サッカーをしたからご機嫌ちゃんなのかもしれない。
ティッシュ片手に白筋を取って口に放る。確かにとても甘いみかんだった。おいしい?士郎が聞く。実は本日4つ目なんだけど言わないでおこう。
夕飯時の窓の外はもう真っ暗で、年が明ける前と変わらない空が見えた。そういえばいつも夕飯にはぎり間に合わないくらいに帰ってくるのに。
「士郎、今日早いね」
「三が日だからね。皆今頃飲み会じゃないかなあ」
「…士郎ぼっちなの?」
「もーなまえちゃんってば、お嫁さんがいるひとは行かないやつなんだよ」
ぷう。白い頬が丸々した。みかん丸ごと詰めたかのようなふくれっ面である。つまり今日は家に誰も待っていないさびしい奴らの会というわけか。新年会はまだ先と聞いていたからつまりそういうことなのだろう。なんて同情しづらい。
しかしお嫁さんがいるひとは行かないんだって。それなら無理に誘われることもないだろうけど、わたしのことを考えてさくさく家に帰ってきてくれたということだ。当たり前なのにすごく嬉しい。にやにやしてしまう。お嫁さん、かわいい響き。士郎の声がかわいいだけかもしれない。
「あれーなまえちゃん手きいろい」
硬い指がわたしの手をつまむ。みかんいっぱい食べたの?ずるいなあ。首をことんと傾げると、さっきまで膨らませていた頬がぺたっと机にくっついた。そんなに屈託のない表情をするから、わたしは士郎を甘やかしてしまうのだ。最後の一房を士郎の口に入れてやりながら思った。
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