えらく寒い、けど、今からカイロなんて使ったら本当に冬がきたときどうなってしまうのだろうか。肌寒い空気がスカートから出た足を取り巻く。ジャージを履きたいところだけど男子の目が痛いのでしない。水鳥みたいにスケバン丈にしたいところだけどこれも世間の目が痛いのでしない。

部活が終わってばてている隣のマサキは秋が深まるにつれて徐々にもこもこしてきて、今じゃジャージに長袖Tシャツにパーカー、長めのマフラーはぐるぐる巻きの重装備になった。今日の朝はついに手袋がほしいのと言っていたので、今週中には完全防備に仕上がることだろう。ヒートテックを着るのがクラスで一番早かったのはこの子だと天馬くんが報告してくれた。お日さま園と雷門中はちょっと遠いから、着く頃には冷えきってしまう。


「去年も言った気するけどさ、あんた11月でそれじゃ1月にはお外出れないんじゃないの」

「ばかだな、こっからオプション増えてくから楽しみにしてなよ」

「冬服V3…」


はたしてそれは楽しみにするべき事柄なんでしょうか。思ったけどマサキの考えることはいつもよく分からないから悩むのはやめた。冷えた手先をパーカーのポケットにつっこむマサキの歩幅はいつになく広い。あったかいところに早く行きたいのだろう。猫か。


「コンビニ寄る?」

「んー……寄る」


寒いとしゃべる気力もうせる。頬が固まったような感じがして、口を動かすのがおっくうになるのだ。まあ夏もしゃべりたくなくなるんだけど。短く単語を返したマサキは、一旦でも暖をとれることにすこしテンションが上がったようだった。
さらに広くなった歩幅は時々思い出したように急激に狭くなって、わたしが追い付く直前にまた広くなる。気の使い方が微妙すぎる。気を使っていることを悟られたくもないのだろう。にしてはへたくそだ。


「うああ、ぬくい!」

「科学者さんにありがとう言うといいよ」

「なにそれヤダ」


コンビニは科学的な熱でむわっとしつつあったかくて、冷えきった耳の痛みがじわじわ引いていった。マフラーを外しながらマサキがお菓子の棚へ歩いていく。わたしはあったかい飲み物の元へ。

運のいいことに、飲み物は入れて時間が経っているのかしっかり温まっていた。一番身体が温まるやつってどれだろう。やっぱりほっとレモンなんだろうけど、すっぱいのはマサキがきらいだからやめておく。飲んだとたんににゃーって感じで口をすぼめるマサキはかわいいことこの上ないんだけど、機嫌を損ねるとそれ以上にめんどくさいのだ。

ジャスミン茶とブラックコーヒーも味が大人だから候補から外して、結局無難にココアを取った。これならお子さま味覚でも大丈夫。
そのお子さまを探しに行くと、レジの隣のチキン類の並ぶショーケースに手を近付けて暖を取っていた。


「手べたってしちゃえばいーのに」

「はああ?お店のものにべたべた触っちゃいけないんだぜ、知らないの?」

「…知ってるよ、なんかあんたに言われるとすっごいむかつくわ」


猫舌お子さまな口に熱々スパイシーチキンをぶっこんでやりたくなったけどそれはやめておく。なんていったってわたしの方が年上なのだ。可愛い後輩のちょっとしたわがままだと思って頭でも撫でとけば照れてどっか行くよ。……と同じクラスの霧野に教わった。先輩の極意。

いくら同じ施設で育つ兄弟同然の仲とはいえ、先輩は先輩だ。大らかにいこう。霧野の言うとおりとりあえず頭を撫でてやる。でもこの子わたしが撫でたんじゃ喜んじゃうんじゃないかな。


「…なんだよ、嬉しくなんかねえよ」


ほら、逃げなかった。霧野が言っていたのとは違う反応だ。どうだ、自意識過剰じゃないぞ。むすーっと顔だけしかめるマサキの隣で一人胸を張る。ピンクツインテールにゃ負けないんだからな。態度ばっかりつっぱるマサキを置いてレジに並んだ。


「あんまんとピザまんどっちがいいかなー」

「肉まん」

「死ね」


嘘だ。マサキが死んだらわたしは生きてはいけない。まだ数年しか一緒にいないのに、すでに彼はわたしの頭の半分以上を占める存在となっていた。そしてマサキもわたしが死んだら生きていけない。…確証はないけど。


「すいません、あとあんまん一つ」


店員が気の抜けた返事をすると同時に、隣のレジに並ぶマサキの頬筋がぴくんと反応する。マサキあんまん好きだよね。一昨年覚えたこの子の冬の好物だ。

かじかむのをやめた手でポイントカードをひっぱりだして、会計をすませて。暖房の下に立って待っていれば、程なくしてマサキがてってこ歩いてくる。ポッキープリッツの日は終わったのにプリッツを購入していた。からかったらきっとまた憎たらしい反論をされるだろうから何も言わずにマフラーを巻いてやる。それもかわいいんだけど。
そんな事を考えながら上の空で手を動かしていたものだから、少し首を絞めてしまった。咳込んでわたしの肩をばしっと叩く。涙目の上目遣い。実は希少価値は高くない。言ったらきっとまた憎たらしい反論を以下略。


「ほら、これで機嫌直して」

「物で釣るなっつーの」


外に出たとたんに感じる空気は、東京とはいえ十分につめたい。不満そうに装いつつわたしの手中の湯気に惹かれるようにこっちを向いて、マサキはあっという間にあんまんの半分を平らげた。見上げてくる金色の猫目。「いいよ」わたしが言うやいなや、半分しか残っていないあんまんはそのまた半分に縮む。
満足気に息をついてから、甘党ははっと思い出したようにまたしかめ面になった。演技へたくそだね、これも言わないでおく。


「ココアは?」

「…飲む」


温かい食物、飲み物、お菓子。相談しなくても一通り揃う。いつの間にかわたしとマサキはそのくらい仲良しになっていた。
たくさんいる弟妹の中で比較的新入りのマサキは、正直特別である。マサキも何人かいる姉兄の中でわたしにしか懐いていない。よくはないことだ。でも特別だった。きっと好きなのだ。お互いに。
でもそれを晒け出して無遠慮に求め合う術を、わたしたちは持っていない。


「ねえマサキ」

「ん?」

「…なんでもない」

「え、気になる」


ねえマサキ。
いつかわたしが本当はあんまん大嫌いって知った時、君はどんなかわいい顔をするんだろう。

手をつなぐ。お姉ちゃんですよみたいな顔をしながら。マフラーに口元を埋めてしまったマサキが最近弟を演じなくなってきているのが、ヘタレなわたしには有り難かった。






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