ホワイトクリスマスにはならなかった。なのにちいさい電気ストーブでは耐えきれないほどの冷気が床を空中を伝って攻めてくる。とりあえず作ってきた湯たんぽを毛布の中にしまい込んで被った。あったかい。羽毛布団も巻き込むとうまく身動きが取れなくなってしまったけど、寒いよりかはましだ。

さっき廊下をばたばた駆けていったはずの幼稚園児たちが、姉さんの怒った声を引きつれて帰っていく。いいなあ、はしゃいでるなあ。仕方ない、何たって今日はサンタさんが来る日なんだから。父さんたちが子ども全員分のプレゼントを夜中こっそり贈ってくれる日。

でも本当にほしいものをもらえるのは小学生までで、サンタの正体に気付かされる中学生からは値段が2、300円までに制限されてしまうのだった。お日さま園の懐事情ってやつ。「ガキのうちにゲーム本体全部頼むんだったなあ」意外とつい最近までサンタさんを信じていた晴矢の言葉だ。


「ただいま」


廊下の冷気を引き連れてがちゃんとドアが開閉する。雑に畳まれた布団を重ねて一番上に湯たんぽとビニール袋を乗せた風介だった。着替えてきたらしく上下スウェット姿の彼は、丸々としたわたしを見た途端「わあ」とちいさく感嘆なのか何なのかわからない声を上げる。重そうな布団が落とされた。


「あったかそうな格好だ」

「おすすめだよ、おいで」


わたしの真似をして毛布を体に巻き付けた風介を隣に入れてやる。ほら湯たんぽ入れて、急かされつついそいそ準備を完了させた風介は、あったかいねとこっちへ擦り寄った。まさしく人肌恋しい季節。冷えた部屋で支度してきた体は表面こそひんやりしているものの、抜け切らない子ども体温のおかげでじんわり熱を帯びている。

器用に重たい布団から手だけ出して、彼は自分で持ってきたビニールをあさり始めた。ごろごろ出てくるのはお菓子。数時間前のクリスマスパーティーでごはんもケーキも食べたけど、小さいやつらに譲りまくったおかげで腹は膨れきっていない。
「湯たんぽで溶けていたらごめん」チョコレートを最後にわたし達の前にはなかなかな菓子の軍隊が出来上がる。パジャマパーティーだね、笑うと風介も楽しそうにうなずいた。

ふたりっきりでディナーとかお泊りとか、そんなのはガキな上に施設育ちなわたしたちには出来ない。
せっかくのクリスマスだからなにか背伸びした恋人っぽいことをしたかったんだけど、家は同じだから夜の逢瀬とかも縁がなかったから、とりあえず今日はお菓子パーティーでもして一緒に寝ることにした。

初めてのチュウなんぞもうとっくに終わってしまったし、えっちもまだなんだか踏み切れない。今時の子は早いとは言うけれど、その辺の理解が風介にはちゃんとあるらしくて無理に襲われたことはなかった。逆にこいつ性欲あるのかな。大丈夫かな。
別に普通のカレカノ関係とちがって昔からそばにいたひとだし、何ヵ月かの付き合いな訳でもないから信頼できないということではない。責任とかそういうのも、風介はきっと人生賭けてどうにかしようとしてくれるだろう。気持ち悪いだなんてそれこそ欠けらも感じない。ただ踏み切れないだけなのだ。


「なまえ、はい」


開けられたアルフォートの箱。くっつき合った肩から熱が伝わる。風介いつもよりあったかい、眠いのかな。照れている様子はないから眠いんだろう。時計を見ると10時を回るところだった。姉さんが赤い仮装で来るのは大体2時すぎくらいだから、まだまだいちゃついていられる。
ちなみにわたしの部屋に風介が寝ていても姉さんは全然動じない。ちょっとたしなめるくらい。クリスマスの特別なのかもしれない。

することもなくてわたし達はとにかく菓子を食べた。窓の外はイルミネーションが多いだけでいつもと変わらないし、部屋の中も大した違いはない。机の上に100円ショップで買った雪だるまとサンタの置物が寄り添わされているだけだ。

なのに何でだろう。風介とはいつもべたべたしているはずなのに、日付だけで気分が高揚している気がする。これはいわゆる先入観というやつか。クリスマスマジック。なにも考えてないのににやけるのだ。


「風介、おかし食べたらもう寝る?」

「んー…そうだね」


口を小さくもぐもぐさせながら擦り寄ってくる風介からは、甘いのとシャンプーのと二種類のいい匂いがした。首もとにちゅうすればくすくす笑ってくれる。やっぱり眠いんだな。風介は昔から眠くなると赤ちゃんみたいになるくせがある。首から頬へ。痩せているのにふにっとした頬へくちびるが当たる瞬間にこっちを向かれて普通のキスになってしまった。

ちゅるっ、自然な動きで風介の舌が入り込んでくる。しがみついて必死に息をした。鼻息荒かったら、今お菓子食べたばっかりだから口くさかったらやだなあ。そんな冷静な心配をかっ攫うように舌は動いて、最終的にはどうでもよくなってしまった。彼のキスがうまいのかわたしが単純なのかはよく分からない。彼としかしたことないし。

離れると、初めて銀糸が口と口をつないだ。漫画でしか見たことなかったのに。こんなクリスマスマジックはいらないよ、恥ずかしくて自分から切ってしまう。そんなわたしを見て風介はこれまた楽しそうに笑った。
その顔がさっき眠いのかななんて思った時とまったく違って大人びていて、これがエロい顔ってやつなのかななんてふざけるわたしはどうやら完全に浮かれているようだ。


「…なまえ」


静かに名前を呼ぶ。いつの間にか寝静まった園の中に、風介の声が響いているような感じがした。そんなわけないのに。外が意外と静かなせいかもしれない。
視界いっぱいの風介はいつもよりかっこよく見える。今まではサンタさんが来てくれる夢の一日だったクリスマスは、大人に近づくにつれてちゃんとロマンチックなものに変化してきてくれているようだった。気恥ずかしい変化だ。もうなんだか間が持たなくて目を逸らすと、密着していない方の肩にそっと手が回る。


「怖かったら、言って」


こくん。頷けば、敷き布団に倒される身体。サンタを手伝うらしい友人たちの声が廊下を通り過ぎて一瞬ふたりで固まる。さっきまで静かだったのに空気読んでくれないなあ。馬乗りになった風介と顔を見合わせて、笑って。眠そうだったはずの瞳はまったく別物になっている。
湯たんぽで暖まった指がシャツをめくっていく感覚に身体を固めながらも脳内は呑気だった。クリスマスに初めてなんて、背伸びしたガキにしてはロマンチックなんじゃないかな。好きよ、つぶやく言葉にいちいち風介がはにかむのが嬉しい。






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