わたしの同い年のいとこは、基本ふわふわおどおどしたヘタレ少年のはずだった。なのにあの雷門サッカー部の一軍で活躍していたりしかも部活一足が早かったり、最近はなんとあのヒフスセレクター?へ真っ向から反抗するレジスタンスとして色々やらかしているらしい。管理サッカーの話は聞いていたけど、なんかもう雷門中どうなってるの。

受験にはあんまり役にも立たなそうな授業を無視して窓からグラウンドを見るかぎり、ふらふらと野球をしている体育中の彼は前と変わらずただのヘタレである。俊足だからきっとセーフになれるのに、打つのが下手だから残念な話だ。でもそこがかわいい。異論は認めない。空振りした勢いを殺せずに、バッターボックスで細い体がくるくる回る。

帰宅したわたしは、今日もいつものように家の端っこにあるドアを出た。洗い物をしながらおかえりを言うお母さん。鶴くんの。
彼女はわたしのお母さんのよく似た妹(…姉だったかもしれない)さんなので、外見は初見じゃ区別がつかない。
いわゆる二世帯式になっているみょうじと速水の家は一枚のドアで繋がっていて、どっちもわたしんちみたいなものだ。それは鶴くんからしても同様である。


「鶴正今日部活早くおわるんだって、おやつふたりで食べてね。先食べちゃってもいいけど」

「待ってる!」

「そっか」


仕事終了なのか、シンクを拭いた速水母が言って自室へ消えた。
一緒におやつ。久々。サッカー棟の整備でも入ってるんだろうか。なんでもいいから早く帰ってこないかな。散々ヘタレだなんだ言ったけど、わたしは世界で一番なによりも鶴くんが大好きなのだった。
早くおわるって何時くらいだろう、そわそわしながらソファに座る。紅茶とかおやつの用意は鶴くんが帰ってきてからでいいだろう。何度も時計と玄関へ続く廊下とを見比べているうちに、わたしはたいして疲れることもしていないのに眠りこけてしまった。




「えーソファ占領ですかあ…、俺疲れてるんですけど、なまえってば」


意識の遠くで呼び掛けられて、うすくまぶたを開く。壁一枚挟んだように聞こえる声は鶴くんの。おかえり、おつかれ、おやつ食べよう、言いたいんだけどまだ口が起きてないのか言えなかった。目がうまく開かない。またまぶたを落とすと、ため息をつく慣れた気配がする。

鶴くんは困っている時が一番かわいいと、ぼうっとする意識の中でわたしはこっそり思った。のでしばらく狸寝入り。しかしそんなに座りたいなら部屋にでも行けばいいのに。ちなみに彼が部屋に行ってしまったらもちろんわたしは拗ねる。


「昼寝なら部屋でしてくださいよ、もー…」

「……」

「起きないと……ち、ちゅうしますよ!」

「……!?」


そんなに座りたいのかどうかは最早どうでもよくなった。なにそれおいしい。一瞬で覚醒した意識をむりやりねじ伏せる。鶴くんどんな顔で言ったんだろう今の、見たい衝動も必死に堪えた。まあいつも通り照れたかわいい困り顔なんだろうけど。

むしろ是非ちゅうしてください、そんな気持ちでさっき軽く落としただけだったまぶたをぎゅっとつぶれば、鞄を床に落とす音がした。細い指がわたしの頬をなぞって、くすぐったさにぴくんと筋肉が反応する。


「あ、なまえ、起きてるでしょう」

「…ちっ」


幼なじみの目はするどい。双子のように育ったわたし達は、お互いをあざむくことなんて不可能だ。ちなみに実際血はつながっているけど、わたし達は全然似ていない。視力はちょっとだけ似たかな。


「うー…おかえり鶴くん」

「ただいま。おはようございます」


ちゅう。音なんてしないようなものだったけど、わたしの唇に確かに鶴くんのかさかさしたそれが押し当てられた。
なんだ、結局してくれるんじゃないか。

いつも通り速水母は買い物に行ったらしい。こんな時間から鶴くんがいるなんて今日はしあわせだなあ、のろのろ体を起こして冷蔵庫へ向かう。流しで手を洗った鶴くんがそのまま紅茶の用意を始めたので、わたしは一番下の棚を占領するバームクーヘンをいいサイズにナイフでぶったぎった。右の方が大きい。じゃあ左が鶴くんだな。

残りを冷蔵庫にまた戻して、手伝うこともないので緑やら赤やらで彩られた茶葉缶をあさる背中を眺めた。てか鶴くんうがいしてない口でちゅうしただろ、意外とそういうところはうっかりさんだから。言えばすいませんと素直な謝罪。
後ろ姿は相変わらず縦にばっかり長い。蹴ったら折れそうで、中身もやっぱりおどおど人見知りでネガティブ。ヘタレがどっか行っちゃうのはサッカーと、あとわたしにちゅうする時くらいだろう。昔はサッカーでもボールがぶつかったりこけたりする度に泣いていたのに。フライングしてバームクーヘンを食らいながら思う。


「今日なんで部活早いの?点検?」

「はい、だから今日は外周だけで部室掃除だったんですけど…ロッカールームが私物であふれてて大変で」


まああのサッカー部ならそうなるだろう。何せ片付け下手が集まっているような集団だ。点検なら部活なしにすればいいのに、そこはさすが雷門サッカー部といったところだろうか、あの円堂監督だからなのだろうか。置かれたミルクティーのカップに礼を言って口をつける。赤いパッケージの方の茶葉に砂糖は二杯半、牛乳じゃなくて粉のやつ。すべてわたしの好みに適っているそれは気持ち悪いほどおいしかった。

バームクーヘンをちいさく切る鶴くんをじっと見る。気が弱そうなかわいい黒目がきょとっと動いてこっちに向いた。ああ、かわいい。口の端についたかけらを舐めとってやりたい衝動。どうして鶴くんのこととなるとわたしは変態になるのか。
物心つかない頃から隣り合わせで暮らしてきたわたしと鶴くんは、小学校までは基本的にセットだった。名字も違うし顔も似てない、性格だってまるで違う。なのに全然べったりじゃなくなった今でもすぐに血縁関係がばれるのは本当になんでなのだろう。

そのせいかわたしは、鶴くんとちゅうする時いつも背徳めいたなにかを感じていた。いとこって結婚できるんですよ、ずっと昔の鶴くんの笑顔は刻むくらいの勢いで覚えているというのに。


「…鶴正くーん」

「なんですか」

「すきです」

「はいはい」


いつも通り簡単にあしらう鶴くんも、わたしと同じなにかを感じているのだろうか。誰にも咎められないはずなのにしてはいけないことに思えてしまう。何も問題はないのに。そしてそのむずがゆい背徳感がさらに恋情を加速させているのだ。
ヘタレ鶴くんを変な風に鍛えてしまったのは、わたしなのかもしれない。その背徳が逆に心地いいから、お互いに一度も「付き合ってください」と言ったこともない。

だからきっと、管理サッカー組織に反旗を翻すのも間違った行動ではないのだろう。それが普通なのだという感覚を失っているだけで。いけないことだなんて決めたのはわたし達自身なのだから。


「よし鶴くん、たべたらサッカーしに行こう!」

「えー…食休みしたいです…」

「このヘタレ…」


ああ、サッカー好きなのも似てるかなあ。気分だけの近親相姦は、焼き菓子の甘い味がした。






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