「お前も住むだろう?」意味のわからないサイズの家が描かれた設計図を広げて、当たり前のように言う。あーわたしたちついに同棲始めるんだとか他人事のように思ったと同時に首を傾げた。同棲ってあれじゃないの、つつましくちっさいアパートとか借りたりするんじゃないの? 建てるの?




そんなのはもう何年も前。連絡もなくいきなりリビングの扉に立っていた、イタリアにいたはずの有人。管理を任されていたこの家は確かに彼のものだし同居人なんだから合鍵でいきなり入ってこれるのは当たり前なんだけど。

わたししかいないはずの空間に人影があったことにすごくびっくりして、わたしはとりあえず自然な流れで持っていた皿を三枚落として割った。有人もあわててこっちに来る。「…どろぼ」「ちがう」だってその眼鏡つけたら誰でも君だ。


「おかえり…なんで連絡もせずにいきなり」

「色々事情があってな。詳しく話したいんだが」


まず掃除をしよう、怪我はないな?頷けば、唇をふっと弛ませた。久々の生鬼道有人だ。危ないからと避難させられたソファーから見える、帰宅早々陶器を処分する現役サッカー選手のなんとシュールなことか。

しばらくそれを眺めていると、放られていた彼の携帯が震えてテーブル上をのたうちまわった。「なまえ、出てくれ」新聞紙片手の有人の言葉。浮気の心配はかけらもないということが分かって嬉しくなったと同時にイタリア人だったらわたし喋れないよと心配になったが、画面に浮き上がる名前は漢字だったので心底ほっとした。


「佐久間?」

『みょうじか? 鬼道はもう日本に着いたんだな』

「鬼道なら今俺の腕の中だぜ」

『わかったわかった。着いたならいいんだ、じゃあ明日と伝えておいてくれ。おやすみ』


明日?ちんぷんかんぷんなうちに電話は切れた。佐久間は有人が帰ってくることを知っていた。恋人は知らないのに?戸惑いを隠せず悶々とするわたしの所へ優雅に紅茶を運んできて、隣に座る有人。「電話佐久間だったよ」「そうだと思った」佐久間はお前の彼女か。わたしただのハウスキーパーか。

すっかり英国紳士を身につけた有人は紅茶を傾けながら、わたしの怒りマークに気付いたそぶりを見せてもう一回謝った。そして何も言わず帰ってきたその理由を、いきなり一から百くらいまで長々全部洗いざらい話してくれた。もっとも難しい話はよくわからないので、十聞いた辺りからわたしのやる気スイッチは切れている。どうやら有人は我らが母校の総帥になって、中学サッカー界のなんたらをうにゃうにゃするらしい。まじでよく分からない。管理サッカーの話は帝国学園勤務の佐久間先生に聞いてはいたけど。

総帥。そこまで影山の背中を見なくてもいいんだとは、わたしの身分では一生言えない。


「俺は中学サッカー界を変えるために帰ってきた。多分円堂たちも共に動くことになるだろう」

「円堂くん?新婚さん巻き込むの」

「巻き込むどころか中心になっていく。活動する前から話が広まるわけにはいかないからな、黙って帰ってきて悪かった」


肩に回された手がとんとんと宥めるように動く。有人はずるい。勝手に悩んで勝手に決めて、たまに相談したかと思えばそれは悩みの半分にも満たない。聞けば来週には総帥を名乗るのだと言う。ほら、また佐久間の方が有人に近い。聞いた話をよくよく思い出せば、イナズマジャパンの久遠監督も雷門中の元校長も元理事長もいるらしい。わたしも役に立ちたいだなんてそれはわがままなのだろうか。

しかし半年ぶりくらいにやっと帰って来たと思ったのに、また忙しくて構ってもらえないことになってしまった。総帥って給料いくらくらいかな、確実にお金には困らないけれど貯金は大事だ。総帥って誰にお給料もらえるの?


「なまえ、俺はこれから忙しくなる。いつものオフシーズンに比べて構ってやれる時間も減るだろう」

「わかってる」

「俺たちの、円堂が教えてくれたサッカーを取り戻したいんだ。お前なら分かってくれると思った」

「まあこれでも元帝国サッカー部マネージャーですからねー」

「…顔が思いっきり怒ってるぞ」


当たり前だ。恋人の放置に加えて無断決行。なんなの。いてもいなくても一緒なの。荷物から色々書類やらお土産やらを出して並べていた有人が改めてわたしの名前を呼ぶので、うずまく思考を止めた。

イタリアンな色をしたペンギンのぬいぐるみ(彼のお土産の趣味の悪さには定評がある)を机に座らせてまたカバンに片手をつっこみながら、有人は眼鏡を外した。本当に久々に見る伏せられた赤い瞳。どきっとしたのも束の間それがこっちを見るものだから追い打ちがかかる。いつものポーカーフェイスをきりっとさせた有人の手中から出てきたのは、きらきらした金の装飾に彩られた小箱だった。


「きっと迷惑をかけるから、革命が無事に終わったらなんだが」


言葉を切って有人が動く。開いた中を見て、わたしはただただ瞠目した。値段なんか検討もつかない。というか箱がすでにむっちゃ高そう。
一目できらきらしているのがわかったその細身を長い指がつまんで、ひたすら目を見張るだけのわたしの手が取られた。うわあもうなんだこれわたし今日運勢1位だったのかな、心拍数があがりすぎて息がつまっていく。言われる言葉に予想はついているから更に。


「結婚しよう、なまえ」


冷たい感触が薬指を通った。ぴったり。約半年も会ってないはずなのに、サイズ教えたのなんてどれだけ前かわからないのに。見張りすぎて疲れた目が色んな感情で潤んだ。
そんなわたしを、有人はテレビでは見れない笑顔で見ている。プロポーズのために眼鏡を外すの、合格すぎ。


「……これ、婚約指輪ってやつ?」

「ああ。イタリアで作ってきたんだ、家事がしやすいようにシンプルにしてみたんだが」

「いやこれ十分ダイヤ率高すぎる」

「そうだったか」


そもそも論点ずれてるし。こういうものは値段にこだわるもんじゃないと母に言われてきたけど、安くても気持ちがこもっていればいいとかいう次元ではなかった。高すぎる。詳しくないわたしでもすぐ分かるくらい高級。お母さんこの場合はどうすればいいんですか。結婚指輪はこれよりもグレードアップするのかと思うとめまいがする。

そうだ、結婚。結婚するのだ。なんだかんだで初めて会った小学校から18年、有人が帝国に戻ってきて付き合い始めた高1から9年。気付けば24歳になってしまったわたし達、まあ適齢期ってやつじゃないかと思う。紙っぺら一枚だし今までとたいして変わらない気はしなくもないけど、気分も役目も世間の目も違うのだ。
革命がおわったら。彼はそう言ったけど。


「有人さん」

「なんだ?まさか結婚まで考えていなかったとか、」

「それはない。あのさ、夫婦って互いを支え合う的なやつでしょ」


分かったような分かってないような微妙な顔で有人はうなずく。眼鏡がないからよくわかる表情は意外とくるくる変わる。きらきらした左手で彼の左手をやわく握れば、難しい顔を解いて嬉しそうに微笑むものだから一瞬息が止まった。この笑顔をはやく、完全にわたしのものにしたい。共に生きたい。


「革命、お嫁さんとして支えたいんですけど」


握りしめ合った手はお互いにびっくりするくらい熱かった。有人も余裕そうに見えてすごく緊張していたのかもしれない。わたしのように。見開いた赤い目はすぐに細くなって閉じて、「ありがとう」と何だかかすれた声で言う。わたしはそれを、きれいな目が見えなくてもったいないなあなんて考えながら聞いていた。もう結婚指輪を頼まなくてはなと笑う有人自体、わたしにはきっともったいないんだろうけど。






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