100均特製の魔女っ子帽子と鬼道に借りたマントを、明王は完全にばかにしているようだった。行きに会った吹雪は「わあかわいいねえーふふ」なんてゆるゆるした太鼓判を押してくれたというのに、肝心のこいつときたら。あの豪炎寺も笑ってくれたというのに。…いや待て、豪炎寺はだめだ。夕香ちゃんと同じだと思われているということになってしまう。

やっぱりランタンがないとだめなんだろうか。わたしが喋るまでは喋らないつもりのようで、仁王立ちした赤と黒のワンピースの魔女もどきを不良がじろじろ眺め回しているだけの謎の空間が発生している。
ばかにされるのはもちろん計算のうちではあった、あったけど、実際されると結構むかつく。わたしが意固地になったのに気付いたようで、ため息混じりに明王が口を開いた。


「…お帰りください、魔女っ子なまえちゃん」


紳士に追い払われた。


「え、おかしは? まさかハロウィンの内容知らない?」

「あー…今日だったっけ」

「晩ご飯かぼちゃだったじゃん何食ったのおまえ」

「かぼちゃ」


殴りたい。
後ろからくすくす笑い声がしたので振り向けば、吹雪がヒロトと一緒に向かいのドアの隙間からこっちの様子を伺っている。とりあえずドア閉めろ、明王の言葉に頷いた。さて邪魔はなくなったわけだけど、マントをひる返すわたしを見る碧い目は相変わらず侮蔑的ななにかを孕んでいる。再び仁王立ち。


「残念、菓子全部食ったとこです」

「なんでハロウィンに自分で消費してんの!?」

「お前が来るなんて知らねえし」


まあごもっともな意見なのだが、何だこいついつもよりふてぶてしい。わたしの仮装が気に入らないのか。
仕方なさそうに読んでいた雑誌をどけた明王が自分の横をだんだん叩くので、とりあえずそこに座ろうとしてマントの裾を踏んだ。ずるっと崩れたバランスを立て直そうとしてかっこわるくベッドに着地する。ばーかとか言われた。本当今日は特にむかつく奴だな。ずれた帽子を直した明王の手がマントに伸びる。


「仮装、ねえ」

「魔女に見えない?」

「いや…それよりなんなのこれ、鬼道のじゃん」


仰向けだった体がぐるんと反転させられて碧は見えなくなった。さっきわたしをこけさせた布の端っこを掴んでひっくり返したらしい、いつものことだけど扱いがひどい。文句を言う前にわたしの背中を覆うマントをべろんとめくってきた。セクハラ。

見えないからよくわからないけれど、フード部分が弄ばれているみたいだ。暇になって隣に寝転ぶ明王に擦り寄った。
しかし鬼道ってこんなのつけてるのにあんなにサッカーが上手いなんておかしいんじゃなかろうか。ボールを取ったりキープしたり走って、あげくの果てに回ったりしてるのに絡まってるのなんて見たことがない。デスゾーン2で絡まる鬼道とか見たい。「…鬼道くんかっこいいよなー」「うん、すごいよねえ」そう、すごいのだ。わたしは歩くだけで引っ掛かるというのに。当たり前のごとく明王の匂いを吸い込みながら考えていれば、突然そのマントを触っていたはずの手にきゅっと首ねっこを掴まれた。


「っ!?」

「躾け」

「はあ?」

「なに人の匂い嗅ぎながら違う男のこと考えちゃってんのってこと、変態魔女子さん」


しまった、無意識に天才の罠にはまっていたというのか!魔女子さんのどじっ子!
よくよく考えろ、明王が鬼道を素直にかっこいいと言うのなんて明王が「ぷんぷくり〜ん(怒)」をしてくれる確率とおなじくらいじゃないか。ごていねいに帽子を外してからフードをわたしの後頭部にかぶせて、ゴーグルじゃない方の天才ゲームメイカーが赤い布をめくり上げた背中に覆いかぶさる。目隠しか。どんな趣味だ。

よく明王がコンビニ菓子を食べてるのを知っているから奪いに来たのに、もうすっかりハロウィンイベントとしての流れではなくなってしまっている。よく考えたらまだわたしはTrick Or Treatも言っていないのだ。ばかにされるだけされて結局明王が主導権を握っている。非常に遺憾なのに押さえ付けられた今抵抗はまったくの無意味だった。


「魔女子さん、お菓子持ってんの?」

「…わたしもらう側だもん、持ってない」

「ん、じゃあTrickの方な」


冒頭の仁王立ちの時には確かにあった勇気といたずら心は、この数分ですっかりしぼみ切ってしまっている。完成度を求めて鬼道になんてお借りしなければよかったのだ。いまさら気付いてしまったが、今服の上からわたしの脇腹を冒していく明王は確実にちょっと怒っている。鬼道の匂いをさせて来たわたしに。お菓子とイベントにまどわされてすっかり失念していた。


「これ汚して返したら鬼道くんどんな反応するかな、っと」

「っあ、やめ…」

「だってお前これ似合わないきもい」


ワンピースのすそに手が入り込む感触にぶるりと体が揺れる。それを悟ったらしい明王の追撃。明王の匂いと鬼道への罪悪感で頭がゆらゆらする。計画通りなら今頃はポテチかなにかを奪っていたはずなのに。
わたしの反応なんてなにも構わず冷え始めた手で人の服を邪魔と言わんばかりに無視する明王は、いよいよ気のせいではないとすぐわかるくらいに機嫌が悪かった。

あわよくばわたしがちょっとだけ、いや本当にちょっとだけいたずらしようとか思っていたのに、今その望みが叶う可能性は微塵も残さず取っ払われてしまっている。マントも帽子も失っていよいよただのみょうじなまえとなったわたしの頭は、反省だの後悔だのといった計画とは程遠いもので埋め尽くされた。

これぞコスチュームプレイである。うまいこと言わせたつもりか。何より鬼道、まじごめん。








(で?菓子は?)
(いたずらも菓子も欲しいとな!?)
(…きどーくんに返しにい)
(わああああ洗って返すの、洗ってから返すから明王よこしなさいそれ!)






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