あのね疾風DF、テスト全部6割越えたらなんかお願い聞いて!
…いいけど、どうしたいきなり
まじでかやった、わたしがんばっちゃうよ?いいの?あいきゃんどぅーいっとしちゃうよ?
はいはい。ほら、いいから時間測って
うん!がんばる!
ん、じゃあ俺もがんばる
…練習を?テストを?


ふんぞり返った一週間前がやけに懐かしくて目をつむる。ああ目頭と鼻と色々熱い。あんなに余裕ぶっこいておいて2教科も越えなかったなんて言ったら風丸は笑うだろうか。いや、やさしい彼がわたしの点数を笑うなんてする訳ないんだけど。3割を切りでもしたら呆れはするもしれない。

FFIも予選が終了してついに本戦。…の前に、わたしたちは久遠監督、もとい久遠先生お手製のテストに悩まされた。なんだかんだ言ってわたし達は中学生、義務教育期間なのだ。中学1〜3年の5教科プラス小6の4教科、19枚のテストを練習の合間に作ってのけた久遠監督。本当なんでもできる男。テライケメン。そんな有能さが今のわたしにはつらい。

そして予選決勝ちょっと後に実施されたテストが採点を終えられて却ってきたのが、ライオコット島出発を数日後に控えた今日。
右手に文系左手に理数系の紙たちを持って、わたしは途方にくれていた。右手の三枚は決して悪くない、むしろいい方なんじゃないかとは思う。問題は左手の二枚。まあつまりわたしは完璧な文系なのだろう。ちょっとだけ理数系が低いものの、両方それなりに優秀な秋の答案を盗み見しながら肩を落とす。お願いは無効かあ。

すごすごやってきたわたしの頭にぽんと手を置いた風丸は苦笑していた。隣では円堂が机に突っ伏して死んでいる。11点ってあんたどんだけサッカーすきなの。そんな円堂を慰める天才鬼道がまぶしくて仕方がない。


「元気ないな。だめだったんだろ、テスト」

「うん…」

「何教科アウトだった?」

「…に」

「なんだ、半分は越えたんじゃないか」


よしよし。外見に似合わない大きな手が頭を右往左往するたびに、膝立ちであごと腕だけ机に乗せたわたしの憂鬱はすこしだけ晴れたような更にもやもやしたような複雑な感じになる。ちらっと見えた風丸の答案は全部並、くやしいことこの上ない。サッカー大変なのにすごいなあ。
やっぱり笑うどころか慰めてくれた風丸の優しさが今は痛い。全部6割を取れたら。それはわたしの中でひとつの誓いとなっていた。

よくある話でベタだけど、わたしは風丸に告白する気でいたのだ。付き合ってとかいう命令なんかではなくて、告白させてもらいたいということ。わたしはモテ男な一郎太くんにいけしゃあしゃあと「好きです付き合ってください」なんて言えるようなかわいい顔でもいい性格でもない。気持ちに許可なんていらないというのはわかっているんだけど、後ろ向きなわたしにはあの風丸に告白するなんて大それたことは誓いを立てないと無理だったのだ(60点じゃちょっと目標が低かったような気はしなくもない)。

だからテスト前に勝負を仕掛けた。この試合に勝ったら言いたいことがあるんだ、そんなノリで。まあ無理だった訳ですけど。


「お願いだめだった…」

「残念だったな」


撫でていた手を離してわたしの方向に座り直しながらそんなことを言う。忘れてなかったんだ。人としては当たり前かもしれないけどうれしかった。覚えてくれていたところでもう儚く散っている事柄ではあるが。
うじうじするわたしの横で、風丸は綱海さんの謎の歓声をバックに頬杖をついてどこか悩むような顔をした。そらされていた大きな目をこちらに向ける彼を見る。「…じゃあさ」絞りだすような風丸の声は相変わらずかっこいい。今はそんなことで舞い上がれる程上向いた気分ではないので、何も言わず小首を傾げて反応を示した。


「みょうじ、俺全部60点越えたんだけどさ」

「…自慢か」

「違くて」


俺のお願いを聞いてくれないか?
わたしのように小首を傾げると、ちょっとだけいつも隠れた右目のはしっこが見える。お願いって。中2男子がお願いってかわいいな。いや吹雪とかナチュラルに言いそうだけどあいつは別。話題そっちのけで萌えていれば聞いてるのかと優しく叱られてしまった。


「べつにいいよ、わたしの負けだし」

「…え、いいのか?」


こくこくうなずいてやると、風丸は逆に狼狽えた。頼んだ側が動揺してどうするんだ。勝負していた訳ではないけど、好きな人にお願いされればひとつやふたついくらでも聞く。勝手に立てた誓いが破られた今わたしの決意もゆらゆらと崩れていってしまっているので、もう風丸に告白する気分でもないしなあ。

風丸がまだひとりでおろおろしている間に、円堂たちはなんだか優しい目をした豪炎寺と吹雪にひっぱられてどこかへ消えた。わたしたち周辺の人口密度がやたら低い。「…みょうじ!」風丸がやっと落ち着いた声を出した。よく分からんが男を見せなさい、そんなとこも好きだけど。

これを言葉に出せたらいいのになあ、出来もしないことを考えてみながらも、すっかり諦めの入ったわたしは結構平然とした顔をしていた。まだフラれたわけでもなんでもないんだし。そもそも本戦前に選手の精神状態を乱そうとしたわたしがいけない、これは神の正しいお告げなんだろう。うん、わたしにしては無理のないポジティブシンキングじゃないか。


「…好きだ付き合ってくれ、いやちがうえっと、付き合ってください!」


そう、それ。わたしが言いたかったのそれ。そこまで噛みたくないけどそんな感じにどーんと告白したかった。一介のマネージャーじゃなくて恋人として支える的なのやりたかったの。風丸がつらい時に一番近くで励ませる立場に昇格したかったの。ぐだぐだ長くそんなことは考えられるのに、好きです付き合ってくださいの一言が言えない。わたしには風丸のような勇気はないのだった。

……風丸のような?


「…みょうじ?」

「かっかぜま、今なんて、え!?」


ぱくぱくと鯉にしか見えないであろう動作を繰り返しながら視界に入れ直した風丸は、目が合ったとたん真っ赤な顔で瞬時にうつむいた。さっきのおろおろ悪化してるやんけ。
というか、うそだろ。好きです付き合ってください、それはわたしの脳内ではなく外界から確かに響いたもの。今朝の今朝までわたしが口の中で暖めていた言葉そのまま。
自分からすることしか考えていなくて思わず聞き逃した、まさしく告白だった。


「…悪い、いきなり」

「いやあの、大丈夫…です…」


どうしよう。フラれた時用とオッケーだった時用と返事をのばされた時用と告白できなかった用、全部一通りは妄想でやっていたのに、この想定だけはしていなかったからもうどうすればいいかわからない。天然鈍感野郎どもに邪魔されるバージョンまで考えたのに。
風丸は真っ赤なまま喋らなくなってしまったし告白で噛まれるし周りには誰もいないし(人に助け求めることじゃないけど)もうなんなんだ。こいつはわたしをどうしたいんだ。

「…か、ぜまる」さっきの彼と同じように絞りだした声なのに、数倍頼りなく聞こえるわたしの声。夢のようなシチュエーションなのは変わりないのになんだか理想と全然違った。返事が怖いのとはずかしいのと罪悪感と色々とでつぶれそうな感情にぐるぐるするのはわたしのはずだったんだけど。

すうと深呼吸した所で、ふとあんなにうるさかったミーティングルームがしんとしていることに気付く。空気読めない組が連行されていったのはそういうことだったのか。見守る視線が温かい。きょろきょろするわたしにつられて風丸も辺りを見回すと、恥ずかしそうにかわいく苦笑を見せてくれた。

告白された方もこんなに緊張するなんて、ほんと全体的に想定外だなあ。もう一回深呼吸して、笑顔。風丸よりかわいく笑えている自信はないけど。さあ、一生思い出に残る瞬間。


「こちらこそおねがいよろしくします!」


人のこと言えなかった。






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