ブリックパック片手に校門を出れば、メール通り制服姿の照美がお行儀悪くスクバを背負って立っていた。本人は楽だからやっているのだろうが、壁に寄り掛かったその姿は無駄に美人度が高くてちょっといらっとくる。暑いのかブレザーを腕にかけた世宇子中の制服ももう見慣れたものだ。
二年生の時よりもさらに伸びた背と相変わらずの金髪、さらに他校の制服ともなれば、なにもしなくとも注目の的となる。とりあえず学校から離れよう。


「おつかれさま」

「そっちこそ。世宇子から遠いでしょ」

「現代には電車という便利なものがあってね、ふふ。行こうか」


相談しなくても足は雷門駅に向かう。昇降口を出た時は寒かったのに、歩くうちにすっかり暖まってきた。あとどのくらいマフラーなしで歩けるだろう。そんなことを考えながら歩いていると、わたしのカーディガンのポケットに突っ込んであるブリックパックを照美が奪って思いっきり飲んだ。ああわたしのカフェオレが一気に…。でもずいぶんと軽くなった紙パックは照美のかわいい笑顔でどうでもよくなる。なんて現金なわたしだろう。
とりあえず怒ってはおこうと肩を殴った手は繋がれてしまったので、その長さの違う腕をふらふら揺らしながら枯葉のひどい住宅街を歩いた。なんだかおなかすいたな。わたしが思うのと同時に照美も「僕おなかすいた」なんて言うので笑ってしまう。


「マック食べたい」

「注文できるようになったの?」

「もう大分前からお茶のこさいさいじゃないか」


かわいい顔で死語を使うな。
駅近くの有名ファーストフード店でちょっとふくれっ面になった照美は、言葉と裏腹に結構手こずりながらタッチクーポンでてりやきのセットを注文した。間食のはずなのにがっつり行く、びっくりしながらわたしもクーポンでハッピーセットとナゲットを頼む。わたしの方がお茶のこさいさいだった。「照美、なんか適当に数字言って」「んー…11」「8までしかないですサッカーバカ」トレイに乗ったポテトをつまみ食いする照美を叱りながら空席を探した。


「なんだいそれ、犬の人形?」

「うん、かわいいしょ」


顔ばっかりでかい犬のマスコット。マックおなじみのおまけである。彼はそれもいまいち知らないようで、長いまつげをぱしぱしさせておもちゃ番号1番(11にちなんであげた)のチワワを眺めている。
「あげようか?」聞いてみれば待ってましたと言わんばかりにうなずくので、とりあえずテーブルに投げ出された財布につけてやった。わたしよりよっぽど似合うだろう。

照美が中2まで全然食べたことのなかったファーストフードにハマったのは、FFIでチームメイトだった南雲くんと涼野くんのせいらしい。その話を聞いた時は、宇宙人とか言ってたくせにやっぱりただの中学生だったんだなあと微笑ましくなってしまった。世宇子にもエイリア学園にも大分やられたけど、FFIも終わって中3になったわたしの悩みはそんなことより受験だ。
あんなにクールで最強だったラスボスも、今じゃわたしの目の前で食べにくいなあとか言いながら手をべたべたにしていることだし。


「いいこと教えてあげよう、それお外で食べるのに一番適さないやつ」

「え、晴矢はきれいに食べてたのに…僕も普通のはうまく食べれるようになったんだよ」

「うそこけ、いつもハンバーグとパンのとこずれてるくせに」


ソースででろでろになったレタスをくわえた色白な顔がはずかしそうに強張る。ばれてないと思っていたのだろうか。反論しようとするのを見えていないふりでスルーした。しかしてりやきをきれいに食べるだなんて南雲くんはマックのプロか。その隣でわくわくしながらシャカチキを振る照美が容易に想像できてしまった。
勉強運動はまさしくお茶のこさいさいなのに、仲良くなるまでは絶対知れない照美の変な弱点。まだまだ色々と楽しめそうである。


「あ、そういえば今日メールでね、晴矢と風介に今度カラオケいこうって誘われたんだ」

「そっかそっか、話す前に拭こうね」

「……」


恨めしげに硬い紙ナフキンでこすられた口元が赤くなっていくのを笑ってやりながら時計を確認すれば、もうすぐ16時半というところ。ゲームセンターにでも連れていってやろうかどうしようか、確か16歳未満は18時までしかいられないはずだ。ああでも、ゲーセンなんて南雲くんたち絶対連れていってるだろうな。
無意識にわたしは照美に関してあの二人となにかと張り合っている節がある。世間教育係のような。FFIがおわった今、あの二人には負けない。

ガラス越しの空は大分日が落ちてきて変色していた。おなかがすくのも当たり前か。分けてやったナゲットにたっぷりマスタードを乗せる照美に聞く。


「そんなに食べてごはん大丈夫?」

「なっ…大丈夫だよ!」


…本当だろうか。早くも空になったポテトの箱を見つめるわたしの視線を辿った照美は、再度ぶすくれた顔で「ママみたいなこと言う…」とつるつるの頬を膨らませてやけ食いのように一口でナゲットを詰め込む。そんなに憤慨しなくたっていいのに、そーですかと適当にあしらって意識を自分のチーズバーガーに戻す。正しくは戻そうとした。

…………ママだと?


「…ちょっと照美いまママって、」

「わああ言ってない!かあさん、母さんみたいだって言ったんだよ!」

「ちょ、声おっきいよ」


というかママだろうが母さんだろうが失礼なことに代わりはないような気がするのだが、あせる彼の頭の中では最早そんなことは視野に入っていないようだ。ママ。この国の中3男子はあまり使わない。彼には白人の血も混ざっているし別におかしくはないのだが、日本で暮らす身として気にしているらしい。

まさかこんなタイミングで相当な秘密を知れるとは思わなかった、あわあわとぐちゃぐちゃになったバーガーを握る照美とは裏腹に思わずほくそ笑んでしまうわたし。きっとこの様子では南雲くんにも涼野くんにもばれていないのだ。さっき色白と表現した顔が真っ赤になっているのをにやにや眺めてやれば、もういっそ殺してくださいくらいの勢いでそのゆでだこがべちゃっとテーブルに落ちた。あ、髪にマスタードついた。


「…照美、カオス組とカラオケいく前に練習いこうか。叫んで晴らせ」

「……うん」


迎えにきた時と今のギャップが激しすぎてもう何も言えない。財布についたチワワと同じくらいうるむ瞳を金の前髪からのぞかせてうなずくその景色は、一年前には見せてもらえなかったもの。カラオケバージンゲットだぜ。






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