『俺の携帯どこだろ? ばい 蘭』


「……知らねえよ」


授業中にそれとなく開いた待ち受けが伝えていた受信メールには、そんな一文が書いてあった。今同じ教室の窓際後方で授業を受けている、わたしの彼氏くんである蘭丸ちゃん(しかし一見意味不明な文である)は物忘れがはげしい。そして物にだらしがない。使ったものを元あったところに戻せない、壊さないけど紛失しまくるタイプというやつだ。まさしくだめっ子。

普通はおまえの携帯はおまえが持っていろと喝を入れるところなんだろうけど、彼はいろんなものを難解な場所に置きまくるので慣れてしまった。
廊下側後方、わたしの席から蘭の方を見れば、なにやら神童に怒られている。代理もいることだしわたしは何も言わずに奴の携帯を探そう。10分休みの蘭を思い返そうとして携帯を閉じると、回想する必要もなくすぐに答えが見つかった。


『なんでわたしのポケットに入れたの…』

『…わからん、悪い』


無意識に人のポケットを使うやつがいるか。どおりで右だけ重いと思った。蘭の携帯はとりあえず押し込み戻して本人の方を向くと、安心したのか居眠り体勢に入る準備をしている。隣の神童がこっちを見て呆れたように笑うのでわたしもつられた。彼も毎回毎回蘭がなくすたびに携帯を貸し出してご苦労なこって。

今までのメールに『ばい 蘭』なんてかわいいのがついていたのは、神童の携帯からだったからだ。外見のみならず中身も女子かあいつ、しかも二回目からもうつけわすれてる。そんなのももうすっかり慣れっこな訳だけど。はたまたいやな進歩。
かわいい寝顔を晒す奴からは、相変わらず反省の色なんてものはあんまり見えない。




「なまえー腹減った、飴!」

「ない」

「えー持ってただろセブンで157円8種類入りのやつ、なまえってば」

「あんたいちご全部食うからいや」


今日も蘭は朝自分で買った飴をさっそくどっかにやってしまったらしい。どうせ神童のバッグか部活で使ったタオルの間にはさまっているのだ。倉間の体操着入れの中でガムが溶けて怒られたこともあったし、「落ちてましたけど」とまさかの剣城くんがプリントのファイルをわざわざ届けてくれたこともあった。ぶうと頬をふくらませる彼の髪をぼうっと眺めてひたすら将来を心配してみる。

携帯はなくすと困るので、首にかけさせるようにした。こいつは本当にどこの女子なんだ。当たり前だけど蘭は余裕で女子よりかわいいからもう意味がわからない。めちゃかわのレベルを越えている。男子用の水着なんて着せようものなら犯罪だ。

しんどーお菓子!ふわふわ揺れるピンクが神童の方にすべっていった。こけた。笑ってる。外見は輝かしいのに本当に惜しい。めずらしく神童も手持ちが尽きたようで、蘭のすがるような目がこっちを見た。同じタイミングで目をそらせば、ぶうぶう言う声。仕方ないから構ってあげよう。


「蘭、ぼっちゃんに物乞いしすぎるなよ」

「もう早弁するからいい」


言うが早いかいつのまにか近づいていたらしく、わたしの机にどっかりとお弁当箱が置かれた。容器は親の趣味なのかかわいらしいのに、肉と野菜に埋め尽くされたぎっしり三段弁当+デザート。まさしく自分を表しているようなお昼ご飯を、1時間目がおわったばっかりだというのにがっつく彼氏を見るわたしの目は冷ややかに細められているだろうか。心からあほだなあとは思えていないのが明らかだが。


「地べた座りなんてお行儀わるい」

「一人で食うの嫌いなんだよ」


速水のところに外出中の、隣の浜野の空席を引き寄せてやりながら神童を見ると、つかの間のお昼寝モードだった。今の世話係はわたしということか。口いっぱいに唐揚げを詰め込む頬をつつくと、もぐもぐしながらの上目遣いが返ってくる。あほ面。「あれ、ティッシュなくした」やっぱりあほ。

そう思いながらも自分のポケットから見覚えのないそれをひっぱりだしてやるあたり、わたしは蘭に甘い。蘭の左薬指に幼いわたしたちにはいまいち似合わない光があるかぎりは、溺れていようと思う。一度もそれを紛失した経験がない彼が本当にあほじゃないことを知っている。


「なまえ、卵焼き食うか」

「あ、たべ……蘭おまえ」

「ん?」

「指輪。ケチャップ」

「……あ」


ごん。頭を叩いた音がチャイムとかさなって、涙目の蘭は大急ぎで風呂敷を簡単にまとめ始めた。わたしのあげたティッシュで指輪をきれいにして、ポケットティッシュ本体はていねいにポケットへ突っ込んで。きれいになったことを証明するかのように左手をこっちに掲げてみせてから、蘭は神童の方へ走っていく。

わたしのあげたものはちゃんとしまうなんてレッドカードものだ。机に置きっぱなしの箸ケースをとりあえず自分のスクバにしまってやるわたしの目は、もうすっかりお母さんのごとく微笑ましくなってしまっている。






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