「なんで女なのかなあ、わたしは」


窓を開け放してもマニキュアのにおいが充満するわたしの部屋。いくつか並んだ小瓶たちから赤いのと白いのを選んだ明王が、ねむそうな目付きの悪さをこっちによこす。


「…そりゃあれだろ、染色体が」

「明王意外と頭いいのな」

「なんでおまえはそう一言多いんだよこら」


ぼすっと背中を叩かれた。マニキュアよれるからやめてほしい。爪の上の桃色に息を吹き掛けて乾かしながら勉強机のいすに着地すると、ベッドによりかかった明王は器用にわたしの足を捕まえて自分のたてた膝に挟む。


「水玉がいいなー」

「ん、先だけ白いやつな」

「それフレンチじゃねえかハゲ」


今度は足を叩かれた。楽ちんな方にしやがって。
開いた窓から見えるグラウンドでは、緑川とヒロトがなにやらシュート練習を繰り広げている。ヒロトの流星は夜の空間によく映えてきれいだ。まさに流れ星を見ている気分になる。
今日は緑川メインの練習のようで、闇を纏ったボールは失敗したのか明かりのない木々の方へ吸い込まれていってしまった。あわてて追い掛けるふたり。ぴょんぴょん揺れる黄緑が消えてさらさら光る赤も消えて、無人になったグラウンド。


「いいなあ男の子は。強くて」


つよく蹴れるし、はやく走れる。跳んでぶつかって転んで、それでも倒れない体格と筋力。どれもわたしにはもうない。エイリア石は宇宙人の名といっしょに手放したから。でも同じように力を捨てたはずの元真帝国キャプテンが相変わらず強くてかっこいいのは、才能もあるけど、男女の差も大きいだろう。今練習していた彼らも同じように。

明王は何も言わずにわたしの爪を彩る作業に没頭している。器用に筆を操っていく手元を見て思わず頬がゆるんでしまった。ほんとツンデレだなあこいつは。ほら次、左。かわいく水玉にされた右足を横にずらして言われたとおりに入れ替える。


「明王ってずるいよね…」

「はあ?」

「強くてかっこいいのに、女子力超高いし。両方できちゃうとかずる」


元々几帳面な性格だからかなあ、華麗に料理上手っぷりを披露された時はもうお嫁さんにしたい衝動がとまらなくてどうしようかと思ったほど、明王の女子力はわたしなんかより果てしなく高い。本当外見に合わないけれど。
現に今だって、不器用なわたしに代わってネイルアート中である。つまり器用でかっこいい。デレれば世話焼きでかわいくて、変なところが不器用で。

…なにそれ無敵。


「それにわたしが男なら明王をおよめさんにできる」

「…あほか」


とん、合図にくるぶしを叩かれて足元を見れば、ていねいにトップコートでコーティングされた10本の爪。手も明王にやってもらったから実に可愛らしくなった。手の方はマネージャー業ですぐはげてしまうけど、明王に頼めば文句を言いながらもきれいに仕上げてくれる。嫌々やっているように見えて意外と楽しいのか、日々アートのバリエーションは増加中だ。


「手ぇ乾いたか?」

「たぶん」

「ん、じゃあ貸せ。左」


右だとすぐ剥がれるからだろう。机の引き出しをがらっと開けてシールの小袋をいくつか掴むのを見ながら、明王も変わったもんだなあと左手を差し出した。

初対面、わたしはまだエイリアンで彼は真帝国だった。明王が1回だけ影山に連れられて父さんのところへ来たとき。なんか気が合ってメアド交換したり好き合ったりしてるうちに明王は負けて父さんも負けて、わたしはイナズマジャパンに召集された。選手じゃなくてマネージャーとして。なぜかって、色々あるけどたぶん明王のためもあると思う。
告られて付き合ってまあ色々したけど、こいつはチームの奴らといる時からは想像もつかないくらいかわいくて人並みに弱いやつだから。

いつの間にかシールは貼り終えられて、剥がれないようにまたコートを上塗りされていた。左手の薬指。貼られているのは、ハートだ。


「おまえが男になっても俺は女にはならねえ。つまり俺を嫁にするのは無理、あほ」

「あ…」


そうだった。どう頑張っても明王がおんなのこになんてなりたがる訳がなかったのだ。お嫁さんにしたかったなあ。よし、同性愛の認められる国へ移籍しようじゃないか。ぶすくれるわたしの爪にふうと息を吹き掛ける明王が無駄にイケメンで指もくすぐったくて、いじけているはずなのに思わずふふふとか言ってしまった。

満足な仕上がりになったか確認するように、わたしの手足を捕まえて自分の方に向かせながら、明王は唇をとんがらせる。


「で? 俺は女子力ひっくいおまえを嫁にしちゃいけねえの?」


……そうだった。移籍に悩む必要なんてかけらもなかったのだ。
やたらロマンチックな位置に貼られたシールとかっこいい明王を視界にいっぱいにしたわたしは、もうサッカーができないなんてどうでもよくなってしまっている。


「だっておまえ、俺がいないと爪塗れないし飯食えないだろ」

「ご、ご飯は今から練習するし!」

「他は? 女子力さらに下げてどーすんの」

「……」

「あと、俺は嫁じゃなくて主夫」


Understand?
もうなにも言うまい。流暢な発音にこくんとうなずくと、明王は満足そうに笑ってわたしの手を離す。意外と頭がいい。意外と。
そのまま自分の指にべたべたと黒を乗せ始めた彼から視線を外して窓を見ても、練習を再開していた緑川とヒロトはさっきより羨ましく見えなかった。







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