8月31日。世間一般の夏休み最終日。多くの学生が大量のプリントと冊子を前に絶望を味わう最低の日である。
だけどうちの中学、帝国学園は始まりが周りより少しだけ早かった。なのに鬼道さん鬼道さんと他校メンツも混ぜて散々遊び倒した目の前の佐久間次郎は、しれっと「え、始業式9月最初だろ」とこぼした。始業式は8月28日。今日は26日。

ラストスパートに賭けるつもりだった(らしい)佐久間の鞄から出てきたファイルに入っていたのはほぼ手についていない宿題の数々。白紙だからかなんか輝いてるように見える。威圧感。露出した片目を心底嫌そうに細めて、佐久間はよいしょとわたしの部屋の座卓を陣取った。

「ごめんね不動、巻き込んで…」
「佐久間、あとでダッツおごりな」
「…モヒカンが」
「んだとこのヤンデレ野郎」

やめて宿題のために争わないで。
本人佐久間、そして急遽助っ人として呼んだ不動とわたし。3人がかりで白紙を答え参照できれいに汚していく。かなり不動の字が雑な気もするけどこの際仕方ない。
ちなみにこの答えは源田の解答だ。正確に解かれ説かれたレポートの数々を全部借してくれた上に、手伝おうかと不安そうな顔をしていた源田くんマジ天使である。彼が来たら佐久間が甘えてしまうのを見透かしていた不動がざっくり断って今のメンツに落ち着けた。

「…何語だこれは」
「ジャパニーズですね」
「……」
「源田の字が汚いみたいな顔すんな、おまえの頭が悪いだけだ」

頬杖をついて表情を崩さない不動に、佐久間が噛み付こうとしてぼたっと顔面から机に落ちた。エネルギーが切れたらしい。時計を見ればはじめてからちょうど1時間、勉強嫌いの佐久間にしては上出来だろう。
頭が悪いというか、覚えてられないんだよな。興味がないことは頭から全部すっぽ抜けていくタイプなのだと源田が言っていた。そのノリで一瞬くらいは鬼道のことわすれてもいいんだぜ。

「不動、佐久間死んだしハーフタイムに「しない」ですよね!」

何も悪くないはずのわたしがなんであの不動に睨まれなければいけないんだ。シャーペンを持直しながらまだ動かない佐久間を呪い殺そうと斜向かいを射抜く。イナズマジャパンのみならず帝国サッカー部でも1、2を争う不動の目つきの悪さは、すがめるとさらに恐ろしくなる。やわらかく細める瞬間も知っているけど、やっぱりこわいものはこわい。

「……うう」
「泣くな、さらに女にしか見えねえ」

がばあと起き上がって不動を睨み付けた佐久間は(トライアングル方式に睨んでる光景は少し笑える)、しばらくしてすがるようにわたしを見た。橙に光る瞳は無自覚なのかうるうるわたしを見つめていて、よしよししたい衝動が抑えられない。「佐久間、おいで」待てを解かれた犬くらいのノリで不動を避けるように大回りしてくる。

そのまま数学を写すわたしのすぐそばで机に突っ伏し直した彼を見て、不動が仕方ねえなと席を立った。ごそごそ。何やらエナメルを漁っている。

「みょうじ、ん」

突き出されたのは細長いおかしだった。チョコでコーティングされたそれは糖分の足りない頭からは安っぽいはずなのに宝物のように見える。まあただのポッキーですけど。
迷いなくくわえると不動は満足そうに笑って袋をパーティー開けした。テーブルの真ん中にそれを陣取らせ、佐久間の古文を片付けはじめる。それを見ながら手を使わずにポッキーをあむあむしていれば、死んでいた佐久間が起き上がってこっちを見た。ザオリク。

「あ、くいたい」
「食べればいいじゃん」
「もう手がうごかない…」

シャーペンを投げ出した手をぶらぶら振って無力アピールをしてくる。真帝国で足ぶっこわした奴がなにを言ってるんだろう。不動がまったく相手にしてあげないのでわたしが子守りしてるみたいになってきた。

ならわたしもスルーしよう。ポッキーを飲み込み、ざっと100問はまだ残っている帳面に向き直る。消しゴムに手を伸ばしそうとしたところでまた佐久間がわたしを呼んだ。どちらかというと目の前の解の公式を構いたかったものの、甘えたようなかすれ声に負けて「なあに」と首を動かしてしまう。

「ポッキー食わして」

あーん、脱力しきった佐久間が顔だけこちらに向けてきれいな歯並びを見せた。何様だこいつ、お子様か。「自分で食べなよ」「じゃああれだ。一生のお願いだ」「あんたほんと頭わるいのね…」いらいらしているのか不動の文字を書くスピードがはやくなる。

仕方なく消しゴムに向かっていた手の軌道を変えると、佐久間の無駄にかわいい顔がへらっと笑った。突き刺す勢いで口内につっこんでやったのにうまく噛み砕いて吟味を始める。さんきゅ、気力のない感謝がなんだかかわいかったので無造作に広がる銀糸を撫でてみた。なんか癒される。

「…いちゃこらしてんじゃねえぞ、おら」

ごめんなさい癒されてなんかないです。不動によって追加された問題集を見据え、乗ったままだった手で佐久間の頭を思い切りはたいてやった。しぶしぶといった感じで起き上がったそいつにため息をひとつ。そしてとりあえず不動に謝る。ごめんね、片手を立てると不動は目線だけをこちらに寄越してへの字口を作った。

改めて机に向き直って勉強に挑み始めたところで、ふいに不動がわたしを呼んだ。かりかりかり。佐久間が意外ときれいな字を並べる音だけが響く。

「ポッキー、くいたい」
「…食べれば?」
「ちげえよアホ死ね」

正論だったはずなのにザキされた。さっきの不動みたいに口を歪めたわたしに、彼がぐっと近寄ってくる。さっきのお子様のごとく腕を机に投げ出して顔だけこちらに寄せ、不動はことんと首をかたむけた。

「…俺にもさっきみたいにしろよ」

必然的な上目遣いでのおねだり。こうかはばつぐんだ!めずらしすぎてぽかんと口を開ける。「俺はやってやんねえよ?」分かってますという意味であわてて閉口した。さっきへの字にするほど余裕のあった筋肉がふるふる強ばっている。理由なんてそんなもの簡単だ。

不動が佐久間よりかわいいだなんて、そんなこと。前代未聞どころの話じゃない。

しばらく硬直するわたしをじいっと見たまま、かちかちと歯を鳴らして焦れたように催促してくる不動はほんとに珍しい表情をしていて。照れ隠しのごとく「……なまえちゃん、まだあ?」なんて聞くものだからさらに思考が停止した。

「…おまえだっていちゃこらじゃないか」
「佐久間がいいなら俺もいいんじゃん?」

にやり、笑う。その笑顔と佐久間のシャーペンで机をかんかん刻むような音に我に返ると、不動はいつもの調子で飄々とわたしを見ていた。逆側を見ればいつも通りかわいい顔した佐久間。見比べる。…どっちも同じくらいキュートに見えてきてしまった。今までの視界は先入観だったのだろうか。

とりあえず掴んだポッキーはチョコゾーンに入る寸前で折れていたので、わたしの口に放り込んだ。不満そうな不動はやっぱりひどくかわいい。手が汚れるのも気にせずにチョコのところを掴んで八重歯の目立つ口に入れてやった所で、

「なんで俺と待遇がちがうんだよ!」

という佐久間のお子様文句を食らって改めてはっとした。小悪魔にだまされている暇はないのだ。シャーペンを持ち直してよし、と息をついた時に見えた不動は、小悪魔どころか天使レベルでごきげんである。また頭が混乱した。もうなにもかも答えが分からない。








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