名前を呼べば、なあにとくりくりした黒い瞳で見つめ返してくる。その仕草がひどく子犬っぽくてかわいくてなんかもうよく分からなくなって、わたしはいつも意味もなくリュウジを呼ぶ。

「なまえ、ねむいの?」

彼の背中に顔をうずめたまま握られた手を握り返すと、笑われた気配がした。ちょっとむかつくけどあったかい。見えなくてもわかるあったかい笑顔だ。
クーラーで冷えすぎた身体とはいえ、近いとじっとり汗ばむ。なのに文句ひとつ言わずわたしを背中に張り付けたまま、リュウジは本に手をのばした。そして引っ込める。

「ねむいなら先にお布団しこうか」
「ねむく、ない」

嘘。まじめにねむい。色々と力が入らない。でもひっついていたい。そんな心はお見通しなのか、立ち上がって振り払わないようにゆっくりわたしの方を向く。脇に手を差し入れたかと思えば、すとんと勉強机のいすに座らされた。

「敷いたげるから待ってて」
「…うむ」
「そこで寝るなよー」

押し入れから自分の布団をひっぱりだし、横に放られていたわたしのタオルケットも乗っけて、リュウジはなかなかてきぱきと敷き布団を畳の上に広げていく。わたしも部屋に戻れば布団をゆったり使うことができるんだれど、昔からのくせかこの部屋で一緒に寝るのが暗黙のルールみたいになっていた。
りゅーじ、と意味もなく呼んだ自分の声は想像以上にねむたげで、ばれるに決まってるなとすこし笑ってしまう。

「ここにいるよ。おいで」

ぽんぽん、呼ばれた男は敷いた布団に寝転がって隣を叩いた。くせの強い髪が糸のようにひろがっているそこにおとなしくダイブすれば、ぎゅうと確保されて一瞬息がつまる。くるしい、でもしあわせ。だらしなく笑うわたしを見てリュウジも笑う。

近くにある食堂からはまだ晴矢と風介、茂人とか玲奈の声も聞こえる。風呂後のアイスでも食べてるんだろうか。食べたいけどねむくてそれどころじゃない(食べながら寝始めて晴矢に運ばれるのは風介の専売特許だ)。ひまだなあ、ぐりぐりとリュウジの脇腹に頭を押しつけたら撫でられた。

「なまえ、そろそろ着替えようよ」
「えー…」
「え、これで寝るの?」

そういえばお風呂上がりのワンピースのままだった。わたしがねむくなると極端に動かなくなるのを知っているからか、適当に自分の引き出しからスエットを取り出してまたわたしを座らせる。「はいなまえ、ばんざーい」反抗した。

「着替えないの?」
「…じぶんでやる、からあっちむいてて」
「なにそれ、もっとはずかしいことしてるよ」

かわいい。くすぐったそうな笑い方をするリュウジを蹴ると、おとなしく後ろを向いた。それとこれとは話というかテンションが違うのだ。ちょっと前までは生足だけで照れ照れしてたくせに、男の成長って早いんだなと苦笑いした。

ぱちんと音をさせて下着を外すと、リュウジの肩がすこしだけ跳ねるのが見えた。おまえだって意識してるくせに、言うと反撃されるから言わない。
ぶかぶかの服はみんな一緒の柔軟剤だけど、かすかにわたしとは違うにおいが混ざっていた。リュウジのにおい。迷いなくおもいきり吸い込む。

「も、いい?」

なぜか緊張した声におっけーと返す。さっきと同じように布団に倒れこんだリュウジの腕の中に戻ると、ぎこちなく背中に手が回った。

「緊張してんですか?」
「だ、だってなまえがはずかしがるから」
「意識してしまったと」
「…………男だもん」

だもんって。脳内とはちがって何てかわいらしい。身体をのばしてちゅうと唇に唇をぶつけると、大きな手がわたしの背中をなぞる。さっきまで紐のあったところ。障害物のなくなったそこを触ろうとした手から逃げれば、リュウジの頬がぷうっと膨らんだ。

胸をあきらめた手がおしりに伸びた。まあいいかと触らせておく。やわらか、つぶやいた思春期まっさかりの変態はしばらくそれを堪能してから、「なまえ」と名前を呼んだ。

「俺たちさ、18になったらここを出るだろ?」
「…そだね」

あと3年もない。18歳になったらお日さま園にはいられない、ここを巣立って独り暮らしするのだ。
やだなあ、ため息混じりの言葉がリュウジの下ろした髪に吸収されていく。セクハラしていた手をわたしの背中に回してぎゅうと力を込めると、リュウジはまたわたしを呼んだ。

「あのね、嫌だったら嫌って言ってほしいんだけど」
「うん」

やたらリュウジの心拍数が早い。胸元にすりよるわたしのつむじに顔を埋め、絞りだすような声で彼は言う。どくん、どくん。照れると心臓が騒ぐのは治っていないようで、なぜか安心した。

「同棲、してくれないかな」

わたしの鼓動も跳ねた。リュウジが顔を上げて、さっきまでにこにこしながら人を触ってたくせにその黒い瞳は真剣にわたしを見ている。なにこれプロポーズ?どうやらわたしも相当緊張しているみたいだ。
可能性は限りなく高かったしある程度の覚悟はしていたつもりだったけど、いざ正面切って言われると色々と思うものがある。

ふたりで見つめあったまま固まって何十秒も経った所で、ぶふっとリュウジが吹き出した。笑って照れて笑って、忙しい子だなあ。涙が出るほどひとりで笑ってから、リュウジはきゅうっとわたしを抱きしめる。

「リュウジ、」
「なあに?」
「すきだよ」

くりくりした黒い瞳。まだ涙の膜で潤ったそれをわたしに向ける。やさしい声。子犬っぽくてかわいくて、だからわたしはやめられないのだ。リュウジと一緒にいるのを。

「……結婚しよっか」

うん。今度こそ固まらずにわたしは頷く。眠気はどこにいってしまったんだろう、冴えた目はリュウジの嬉しそうなほわほわした顔でいっぱいだった。








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