ふんふんふーん、鼻歌をうたいながら軽快に足を動かしていくなまえを追う。歩幅は俺の方が広いから追い付こうと思えば余裕なんだけど、たのしそうに俺の手を引くのを後ろから見ていたい気分だった。

「えへー」
「どうしたの?」
「リュウちゃんかわい、へへ」

ぶんぶんと絡まった手を上下させて、なまえがこっちを振り返りながらわらう。坂道に差し掛かった夕暮れの帰路。

かわいい。それはこんなに成長した男には使うべきじゃないんじゃないかなあ。彼女が俺をかっこいいという形容詞で飾ってくれるのはサッカーしている時だけで、唐突に口を開いたと思えば今みたいにかわいいを連呼する。なまえの方が余裕でかわいいのに。

「そろそろかわいいってやめない?」
「えー、かわいい言われるの嫌い?」

こくり。やたら神妙になってしまった顔でうなずけば、なまえもおんなじような顔で唸った。そして手をさっきよりぶんぶん振る。
右手で自転車を引きながら左手を繋ぐというなかなか器用なことをしている俺の身体は、手がゆれるたびに自転車のバランスを保とうとすこし左右に動いた。

「いやだ」
「ええー…」
「だって私はすきだもん、かわいいって言うの」

だからだめ、と念を押して手を離し、たたたと走っていってしまうなまえ。なんというやつだ、いや知ってたけど。
もしかしたらかわいいをやめさせる以前にリュウちゃん呼びを直させるところから始めないと、彼女は俺のことを一生「かわいいリュウちゃん」というイメージで見続けてしまうんじゃないだろうか。

それは男として色々とこまる。もし俺がなまえかわいかったよ、と言うより先にリュウちゃんかわいかったーなんて感想が腕の中から聞こえたらという想像が頭の中で広がって、俺は絶望にぐらりとよろめいた。机上の空論であってほしい、切実に。あシチュエーションにはつっこまないでもらいたい、俺だってそういうの考えるんだから。ほら、いわゆるお年頃ってやつ。うん。

走っていったなまえは、しばらく遠ざかった所で結局俺を待っていた。腰に手を当ててなにかを悩んでいるらしい彼女の中で、俺は今でもおひさま園で一番の泣き虫リュウちゃんのままなのかもしれないと思うと悲しくなる。

「うん、やっぱりリュウちゃんは世界一かわいい」
「ううー…リュウちゃんってのもやめてよ…」

人が歩いてくるのをじいっと観察していたと思えば、予想はできていたもののやっぱりそれだった。
ちなみに二番目に泣き虫だった涼野はといえば、前テレビ取材をそつなくこなしているのを見て「かっこよくなったな、風介」なんて呟いてるのを聞いてしまった。この格差はなんだろう。

もやもやを目をぎゅっとつぶって追い払いながら、俺はこの感情の大半が嫉妬で形成されていることに気付いた。将来の心配もあるけど、それよりも嫉妬。
涼野も南雲も確かにかっこよくなった。ヒロトは昔も今もいわゆるイケメンってやつで、砂木沼は昔から大人っぽい。

比べて俺は、相変わらずな感じが否めない。顔はなまえがAランクフェイスなんて言ってくれたことがあるけど自信はあんまりないし。…髪が長いのがだめなんだろうか、いやでも風丸だって長いのにイケメンだし。なにこれほんとに格差。片目隠せばいいの?

「髪、切ろっかな…」

また手を引かれて歩きだしながらぽつんと呟くと、音を立てそうな勢いでなまえが急停止した。

「なに、」
「…切っちゃうの?」

愕然とした表情で振り返るなまえをひかないように、自転車のブレーキを握りしめる。しばらく呆けたように俺の抹茶色を凝視して、彼女はへの字口を作るとまたずんずん歩きだした。引かれる俺も加速していく。

「ちょ、転ぶって、なまえ?」
「切ってもいいよ」

そういう割には声音が物騒だ。話の種となった髪がスピードに比例してふわふわ視界に入る。

「そのかわり、かわいいもかっこいいも言ってあげないけど」

どうするの、リュウジくん?
3回目の振り返り。挑発的な視線に耐え切れずに目を逸らして、俺はただ一言「かわいいでいい」とだけ返した。我ながら情けないけど、これは色んな意味で心臓が保たない。わがまま言ってごめんなさい。
よろしい、と笑う彼女は、やっぱり俺なんかより超かわいい。






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