帝国学園にカオスが来襲したその日。宇宙人と試合したことによる何度目かの熱気にそろそろついていけなくなって、わたしは作戦会議という半分打ち上げみたいな席から抜け出した。誰も気付かなかったようで追い掛ける声はない。

携帯と財布だけ掴んで騒ぎからだいぶ遠ざかった辺りで、公園が見えた。入り口の自販機でココアを手に入れ、ふらふらベンチを探す。まだ補導はされない。
思いの外はやく見つかったベンチには、先客がいた。

「あれ…?」

暗闇の中ぼんやり弱い光に照らされて、彼はぽつんと俯いていた。ここからでもよく分かるほど憔悴して、わたしが最後に見た時の格好のままで。いくら夜でもあたたかいとはいえ、東京のこの時間帯でそれは肌寒いだろうと近寄る。

表情のせいだろうか。
彼がこわいとは、思わなかった。

「ガゼル」

砂を踏む音と声にのろのろと顔を上げたユニフォーム姿の宇宙人は、うつろだった表情を強張らせてわたしを睨んだ。が、それも数秒でさっきの弱々しい雰囲気に戻る。

「雷門サッカー部か」
「あ、うん」
「…私を見下しに来たのか」
「いやいやいや」

ココアを持ったままの手をぶんぶん振ったわたしを、ガゼルは不思議そうに見る。力の抜けたその面差しは、昼に見たより全然子供っぽく見えた。
許可もとらずに隣に座る。おどろきこそしたものの、彼は特に文句も言わず前を見ているだけだ。

「なんでそんな格好のまま外にいるの、風邪引くよ?」
「これはバーンが、……いや、何でもない」

一瞬身を乗り出して表情を険しくさせ、はっとしたようにもごもご口籠もる。縮こまったガゼルはやっぱり、こう見ると普通の子だ。
バーンと喧嘩でもして飛び出してきたんだろうか。ご丁寧にまくられた袖から伸びた白い腕はすこし鳥肌が立ち気味で、宇宙人も風邪引くのかななんてのんびり思う。

「あったかいの、のむ?」

ちょっと心配になってきて、わたしは冷たく断られるの覚悟でそっと開けていなかったココアの缶を差し出した。涼しげな瞳がこぼれ落ちそうなほど開かれて、しばらく固まるガゼル。
敵にもらったココアなんて飲まないか。

「ごめん、いらないよね」
「……と」
「?」

下げようとした缶に白い手が伸びてくる。おずおずといった感じであたたかいそれを両手に抱え、ガゼルはわたしをじっと見た。

「あり、がとう」

ふわりと、彼はわらった。
引き結ばれた唇。鋭く睨む青い瞳。凍てつく闇の冷たさをたしかに具現化した厳かな雰囲気。
今まで感じていたイメージは、今の彼のどこにもない。弛んだ頬はぎこちなかったけれど、全体の色素が薄いのもあってやわらかい表情がちゃんと出来ていた。
こんなやさしい顔出来るなんて聞いてない。

「どうした」
「な、なんでもないす!」
「そうか」

間近でかわいい笑顔を見てしまったわたしは驚愕やら何やら、いや何やらの方がはてしなく割合が多いと思うけど、とにかく慌てて彼から目をそらす。プルタブの音にそっと横へ視線を滑らせると、もういつもの無表情なガゼルだった。謎の緊張が解けて息をつく。

「なまえこそ、何故ひとりでこんな所にいる」

んく、とココアをちびちび飲み下しながら問うガゼル。かわいいななんて呑気に思いながら話を聞いて、はたと気付く。

「な、なんで名前しってるの!」

会ってからわたしが名乗った記憶はまったくない。あわあわするわたしをよそに冷静な返事が来た。

「日本中の中学校サッカー部のデータを集めることなど造作もない。特に雷門は監督からマネージャーまでチェック済みだ」

当たり前じゃんみたいな目で見られた。やっぱりこの人も犯罪しまくりエイリア学園の生徒なんだと改めて思いました。まる。
あんまり軽くなっていなさそうな缶を一瞥する。すこし眉間にしわを寄せて一口ずつ飲んでいくガゼルははじめて見る顔をしていて、思わずじっと眺めてしまっていた。

「あんまり見るな」
「…ガゼルって猫舌?」
「だ、黙れ人間」

色の白い頬は染まるとわかりやすい。以前わたし達を冷たく見下していた目が泳いでいるのを見て笑うと、ガゼルは不機嫌そうにため息をつく。こんなにからかい甲斐のあるひとだなんて想像もつかなかった。

「…きみ、そろそろ帰ったら」

呆れたような視線に、そういえばと携帯を取り出す。みんなの輪を抜け出してからいつの間にか30分、頃合いかなと思ったところでちょうど手の中でメールを通知しようとバイブレータ機能が作動した。開けば「どこに行ったんですか?」という後輩からの心配文。

「仲間からか」
「うん、春奈ちゃんから」
「…誰だ、マネージャーか」
「え? うん、そだけど」

首を傾げるガゼルを見てわたしも同じポーズをする。さっき監督からマネージャーまでチェック済みって言ったわりにはあんまり覚えていないらしい。あれ、でもわたしのことは覚えてた…あれ?
とにもかくにも、そろそろ帰らないと。宇宙人と夜の公園密会してましたなんて言えるわけがない、探しになんて来られたら更に面倒だ。

「帰らなきゃ」
「…そうか」

立ち上がったわたしの後ろで、声が揺れた。動く気配のない家出少年を振り返る。ココアを両手で抱えている姿は本当に同年代のただの子どもにしか見えない。

「ガゼルもはやく帰りなね、」
「…風介」

明るい声を遮った言葉は、よくわからなくて戸惑う。

「え?」
「私の人間としての名前。涼野風介」
「あ、名前ふたつあるんだ…」

グランが基山ヒロトでバーンが南雲晴矢であるように、ガゼルもまた人間ネームがあるらしい。
ユニフォームを着たままの彼は今はガゼルなんだろうけど、どこかさびしそうなその表情は宇宙人なんかに見えなくて、思わず頭が変換していた。涼野風介、うん、ぴったりすぎて驚いた。

「風介、元気出してね」
「…馴々しいね」
「いやじゃあなんで教えたんだよ」

はずかしくなってくるりと出口の方を向く。もしかしたらもう会うことはない風介とのばいばいが、チーム的にはうれしいのになぜかすごく惜しかった。

「暗いんだから気を付けるんだよ」

後ろから投げられた言葉はぶっきらぼうで、でも優しくて、ココアを飲みそびれたはずなのになんだか体がふわふわ暖かくなる。宇宙人にも紳士はいるらしい。

「じゃね、風介!」
「またね、なまえ」

振り返って視界に入った風介は、さっきよりぎこちなさの消えた苦笑まじりの微笑でこっちを見ていた。
また会えるかは分からない。むしろ会えない方がチーム的にはいいような気がするし、カオスは格上のグランに怒られていたみたいだからもう挑んではこないんじゃないだろうか。

でもわたしは、笑顔以外の彼の表情を見てみたいなんて思った。なにより風介がまたねと言ったのだ、次は喜怒だけじゃなくて哀楽も拝んでやる。






求む、十面相
(ただいま)
(おーガゼル、ジャンプ買ってこれたか?)
(ココアをもらった)
(…何してきたのお前)


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罰ゲームでぱしられただけ






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