難しい位置からぽんと蹴ったボールは、彼の足に届く前に失速した。苦い顔をされて思わずへの字口をつくる。
粗方部員の帰ったグラウンドはがらんとしていて、2年以上見続けている慣れた景色なのに少しだけ怖い。

「…あのね、マネには限界がある」
「帝国サッカー部はマネージャーも優秀でいたいんだよ」

ゆるいスピードで転がってきたボールをだんと右足で踏みつけ、佐久間は腕を組むとわたしを不良顔負けの目つきの悪さ(帝国サッカー部の特徴と言ってもいい)できっと見た。
そんな状況なのに、鬼道がよくやってたポーズだなあとぼんやり思っていれば、聞いているのかと不機嫌な声。

「…雷門のマネは上手かった」

なんでわたしがサッカーさせられてるんだろうと思ってはいたけど、ああそうか、これは。
負けず嫌いに巻き込まれてるのかな。

FFIが終わり帝国に戻って、わたし達はフットボールフロンティアの勝利を奪われた雷門にリベンジを図っている。40年間無敗の記録は総帥の手が混じっていたものの、誇りだったのは事実だ。
だからってマネージャーのサッカー能力まで競わなくてもと、ふんと鼻を鳴らす佐久間を微妙な目色で見つめる。

雷門のマネ―――それは大方、秋ちゃんのことを指しているのだろう。アメリカ時代男子に紛れて蹴っていたであろう彼女のボールさばきは、何度か見たことがあった。転がったまま放置されたボールを蹴り上げて手中に収めていく様子に、なんとも言えぬかっこよさを感じたのはわたしだけではなかったということだ。

「佐久間、あれはキャリアがちがう」
「みょうじだって頑張ればあのくらいいける」

いやいやいやいや。
蹴り返されてきた球体をインサイドで受けとめる。そりゃサッカーは好きだから簡単なパスくらいはできるけど、ドリブルで相手を抜くとかトラップとか冗談じゃない。必殺技なんて春奈ちゃんと特訓したイリュージョンボールすらたまに失敗する。
実を言うとリフティングが20回を越えたのはつい最近なのだ。

「あ、ほら、夏未さんだって苦手そうだったじゃん!」
「……FWだって聞いたが?」

なにそれ聞いてない。ローズスプラッシュとか似合いすぎて泣けてきた。
すがる思いで聞いた冬花ちゃんもまさかの監督直伝DFがすごく上手らしい。よく考えてみるとまともにサッカーできないのはわたしだけかもしれない、マネだからべつにいいはずなのに。

話が一段落したとたん走りだした佐久間を追って蹴り返す。受けた彼は間髪入れずにわたしのすこし先にぽんとパスを打った。そこまでのダッシュだけでちょっと息が切れる。

「だめだめだな」

走りながらもあきれたように言い放つ帝国のエースストライカーは、当たり前だけど余裕たっぷりだったそんな大層な御方にとって、わたしなんかとのパス練にメリットやあらむ。それに帝国マネが雷門のそれに勝てる日は多分卒業するまで来ないんじゃないかなあと心の中でひとりごちる。そもそもそんな理由で部活終了後に残らせるなんて。

「ほら、スピードが落ちてるぞ!」

視界で跳ねる青みがかった銀糸。催促しつつ足を動かす佐久間はとっても楽しそうで、ああそっか、とうすく気付く。

FFIの間は、サッカーしている時だけじゃなくてごはんも買い物も全部一緒だった。帝国に帰ってきて急に離れて、クラスのちがう佐久間より隣の席の不動の世話を焼きまくっているような気もする。よく考えるとふたりきりなんて久しぶりで。
次郎くんはわたしと遊びたかったんだ、なんて。自意識過剰かと一緒思ったものの、大人びているとはいえ中学生の佐久間の様子を見ているとあながち間違ってもないようだ。

「次郎さん、わたしとの練習なんかにメリットは」
「ゼロではないが」

やっとグラウンドを横断しきったあたりで聞けば速答された。息切れひとつしないFWはさらりと銀髪を払って、意地悪く笑う。

「おまえのためにやってるんだからな」

うそこけツンデレ。
上手にうそぶいてみせて、次はイリュージョンボール極めるぞ、なんて言いながらリフティングをする佐久間。輝く瞳はうさぎのように赤い。意外と荒い、さびしがりやの小動物の目。

ここでわたしが思っている真実を言ってしまえば彼はきっと照れて不機嫌になるだろう。「もう帰る!」と部室に駆け込んで、でも着替えて校門に行けば頬を赤らめて遅いとか言うに違いない。

まあ、久々だしいっか。頬をゆるめて、ありがとうございますと頭を下げる。後頭部をぐいぐい撫でる佐久間のこんな笑顔も久々だ。






×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -