「なまえ、さっきからうるさい」

ぴしゃりと放たれた文句に、太陽への恨みで呻き声をもらしていた口をつぐむ。そんなに冷たくあしらわなくたっていいのに。
とりこまれたての暖かい布団に身をうずめてじろりとにらむも、風介は名前通り涼やかな顔でDSを操り続けていた。

「いいな、ゲーム」
「きみは課題があるだろう」

画面から目を離さず無感情に風介は言う。課題というのは、志望校の偏差値と比べて成績がちょっと危うかった生徒に出される応急処置のこと。見栄はって風介たちと同じ高校なんて目指しているからこうなってしまう。
ようやく鳴き始めた蝉の求愛がひどく耳障りで、やる気にもならずに布団に潜り込む。ちくしょうリア充爆発しろ。

「…布団あっつい」
「つくづく残念な頭だな」

ぱたん。DSが閉じる音。埃が舞うとともに扇風機の風が入ってきて、白い手がばふばふと布団を取り去っていった。じっとりにじんだ汗を拭う。

「つくづくってなによ」
「言葉通りだ」

取り上げた布団を適当に畳んで放ると、風介は宇宙人時代よりずいぶんのびた背で立ち上がった。冷ややかなため息を残し、そのまま襖を閉めて出ていく。

壊れたクーラーと課題をくださった教師をつらつら恨みつつ風介のDSを開けると、メニュー画面でとめられていた。メンバー全員をプロミネンスにしちゃろうかと思ったのに誰ひとりスカウトされていない。せめて晴矢入れてやってくれ。

「……だめだあつい」

部屋の隅にひろがったプリントから遠ざかるように転がる。そのまま布団にたどり着いて、またばふんと顔から着地した。

風介は昔から頭がよかった。運動神経は言うまでもない、無駄な程才能を持ち合わせて色々とよりどりみどりだ。どんどん大人びていく彼の横で、ベンチという名のDDマネージャーだったわたしは特に取り柄もなく生きてきた。凍てつく闇に紛れて、風介のためにできたことなんて特にない。

また彼はわたしから遠ざっていく。頭のいい高校に行って輝かしい仕事に就いて、きれいなお嫁さんをもらうんだろう。わたしは平々凡々に、もしくは平凡以下に生きていく。
どれだけ近しい幼なじみでもガゼルさまとは格がちがうのだと、貧相な頭で思っていた。






「おい、」
「ひょわ!」

ひんやりどころじゃない唐突な冷気にかっ開いた視界には、いなくなった時とおなじ顔の風介。少し寝てしまったようで、からから乾いた喉がいたい。
あまりの至近距離にばたついた足をぱしんと叩かれて我に返った瞬間、身体がぐっと浮いた。
どうやらわたしは、風介の腕の中にいる。首にあてられたのは多分彼の手元にあるアイス、いつものソーダではなくめずらしくぱぴこである。

「ふっ風介、なんでだっこぐふっ」
「うるさい」

左側のふたを器用に片手と歯を使ってねじり取り、口封じのごとくがっとわたしの口につっこんだ。右側も同様に開けて自分の胃に収めている。溶け気味のコーヒーの味。

「いった、歯あたった!」

降ろせと暴れた足が腰への膝蹴りでまた静止させられる。寝込みをいきなりお姫さま抱っこしたくせに、おんなのこの腰に膝蹴りってどういうことなの。
しばらく部屋を移動した風介は縁側につくと、ぽいとわたしを投げ捨てた。反射的に受け身をとってから、やわらかい座布団の上に落下したことに気付く。

「え、なに…」
「熱中症の餌食になりたかったんなら謝るよ」

皮肉混じりにぽすんと隣に座って縁側に足を降ろす風介。従うように座り直して、いつのまに移動されたのかわたしの暗記用プリントが視界に入る。
ぴちゃっという水音に下を見ると、

「あ、氷水!」

ふたりの足元に大きなバケツが用意されていることに気付いた。ロックアイスのつめられた水にひたりと浸かる風介の白い足がまぶしい。入れて入れてと声をかけてわたしのそれもお邪魔させてもらう。冷たすぎて逆に足痛いけど心地いい。
早くもたべおわったアイスをぽーんとコントロールよく和室のごみ箱に放って、風介は満足気だ。

「私に感謝したか」
「した、超した!」
「涼んだら勉強するんだよ」

君はばかなんだからな。
同情の交じった笑顔に少々いらだちを覚えたのは帳消しにしてやろう。仕方ない、課題やってやろうじゃないの。
手も冷やして汗ばんだ額にぴたっとくっつけ、とりあえずプリントを拾い上げた。羅列されている単語はわたしにはちょっと理解し難いけど、足元のひんやり感が脳内回線のショートを止めてくれる。

勉強している人間の真横で悪怯れなくDSを開く奴がいるけどまあ恩に免じて許してやる。なんて隣への意識をシャットダウンしようとした所で、ふいに風介が言う。

「まともに高校へ行くくらいでいい。べつに大学出なくてもいいよ」
「は?」

怪訝一色の声色を返すと、DSから目を離した彼は表情もなにもまったく変えずにわたしを見つめた。そしてしばらく黙り込む。続きに焦れて小首を傾げれば、沈黙なんてなかったかのように風介は淡々と繋げた。

「君と子供数人くらい養える、って話だ」

くわえたままだったアイスがぽとりと落ちて、モカ色が座布団にしみ込む。目を見開くわたしを知らないかのような無表情。
放心状態でぽかんと見続けるわたしの眼力に耐えきれなくなったのか、やっとすこし頬を赤らめて風介が視線をそらした。

「…一応プロポーズのつもりだった」

照れるとかないのか、ばか。
あんまり表情の変わらない瞳を泳がせて、ふいと横を向いてしまった。なんてかわいい自己中だろうと開いた口をやっとふさぐわたし。風介プロポーズなんて知ってるんだとか照れてんのお前だろとか、そういう思考が出てきたのは、脳内回線のショートがやっとリカバリーされた数分後だった。









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