一通り採ったデータのまとめをとんとんとベンチで揃える。徐々に休憩を終えはじめた部員たちが、籠に向かって無造作にタオルを放り始めた。梅雨終わりかけのむしむしした暑さの中での部活なので、非常に湿度の高い洗濯物の山である。

今日はよく晴れているしこれはもう後回しでいいかなとぐしゃぐしゃ積まれた籠をベンチ側に引き寄せながら、わたしはふとストップウォッチを部室に置いてきたことに気付いた。

「ごめん春奈ちゃん、ドリンク片付けおねがい」

冬花さんは監督とどこかに出かけ、秋ちゃんは色々なものを片付けに走り回っている。元気な「了解です」を背中に聞いて部室へ向かった。なぜか開け放したままの扉へだだっと駆け込む。…正しくは駆け込もうとした。

「あだっ」
「つっ」

微妙に固いものにぶつかり、よろめいて尻もちをつきかけたところで体がひっぱられる。だれかが手を引いてくれたのだ。しかし重力には逆らえず、助けようとしてくれた人もろとも前方に倒れこんでしまった。

「いった、おでこしぬ……あ、ごめんなさいっ」
「……、……、…お前こそ大丈夫か」

その沈黙が心配だ。馬乗りになったまま頭上をうかがうと、そこで赤く存在主張する鼻を押さえていたのは我らが司令塔だった。身長差的にわたしの額が彼の鼻にクリーンヒットしてしまったらしい、やばいわたしより絶対痛いし。

「鬼道さん! 大丈夫ですかごめんなさい、今氷嚢…」
「問題、ない。前方確認はきちんとしろ」

痛みでゴーグルの下の瞳を潤ませつつもお兄ちゃんぶる鬼道さん。でもまだ鼻はトナカイさんになっている、鼻血でも出たら色々と申し訳なさすぎる…。

とりあえず立ち上がろうとわたわた膝をのばした時、がんと後頭部でまた何かが衝突事故を起こした。痛みと同時に降ってくる音。正体を悟ったのは落下してきたゴールネットが二人の身体に絡まった時だった。

「みょうじ!」

わたしの下に倒れたまま、珍しく荒げた声音で腕をのばす鬼道さん。抱きかかえるようにわたしの頭の後ろに手を回す。
彼の身体を通して伝わる衝撃と、落下してきてはじき返されたコーンが転がる音に跳ね起きようとして、存在をわすれていたネットに邪魔された。わぷっと鬼道さんの胸板に帰ってくる。…鼻いたい。

「…昨日の片付け当番は」
「……綱海さんとだれかです…」

怒気を孕んだ声音が、返事を聞いてあきらめのため息をつく。そこまできてわたしたちは相当な近距離にいることに気付き、同じタイミングで瞠目した。

「ごごごめんなさ、わっ」
「ばか…なんで同じことを繰り返すんだ」

また飛び起きかけてしたたか顔を打つ。冷静にあきれた視線を刺してきた同級生はまだ鼻をおさえたまま、なぐさめるようにぽんとわたしの背中をたたいた。なんてお兄ちゃん気質。でも顔面を押しつけた胸の鼓動は確実にデータで見たいつもの脈拍よりも速い。ネットは折り重なり、逃れようともがけばもがくほど絡み付いて。

「ふうっ」

やっと肩まで出たという時は結構な時間が経っていて、すぐ背後のドアで響いたアルト大音声にふたりは凍り付いた。

「なまえちゃんが鬼道くんを襲ってる―――!」
「なに!?」
「吹雪お前、何をっ」

ざわざわ、グラウンドの方からの反応と興味津々であろう数名(予想できる)が軽やかに全力ダッシュする気配。まだもつれた足をそのままに起き上がった鬼道さんのせいで、わたしは完全に彼に抱きすくめられる形となり。

「うわ、」
「ひゃああ!?」

ふたりの足に絡まった網にバランスをくずした鬼道さんの手が、倒れかけたわたしの身体を支えようと彷徨ってあろうことかおしりに着地した。そしてそのタイミングで部室を覗き込んだ興味津々組の歓声がこだます。

「襲ってるの鬼道くんだったー!」
「ちが、ま、待てお前らやめろ言いふらしに行くな!」
「きっ鬼道さん鼻血、やっぱ打ったから…!」

その騒動は聞き付けた秋ちゃんがネットをほどいてくれるまで止まず、どくどく流れた司令塔の真の鼻血理由は1週間以上いじられたという。
女の子みたいに騒ぐ日本代表どもにとりあえずティッシュを乞おうと振り返った視界の端で、綱海とペアで片付け当番だった吹雪がにやにやしていたのをわたしは知らなかった。





(鬼道さんはい、氷嚢です…いやあの、おでこじゃなくて鼻用)
(……今は頭を冷やしたいんだ)






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