「ぶえっくしょ」
「イケメンがそんなくしゃみしないでよ…」

オレイケメンなのに……ちくしょう…なんてうめく晴矢をせせら笑う。部活がおわって学校帰り、彼はめんどくさくてジャージのまま帰宅中。エナメルとスクバにゆれるおそろいのキーホルダーが、日の長くなった夕焼けに照らされる。

「汗冷えた? だから着替えなさい言ったのに」
「……スプレーでさっぱりさせたし平気かなと」
「あれはあくまで消臭なのよ。この風じゃ逆に冷えるわばか」

台風の影響か、強い風がなまえのポロシャツを通り抜けていく。汗をちゃんと拭いたらしい彼女は寒がる素振り0だ(夏なんだから当たり前だけど)。ちなみにキャミが透けているのすら直視しがたい、へたれ晴矢である。

「……次はちゃんと汗拭きシートもつかう」
「着替えなさいって言ってんのよチューリップ」
「ちゅ、おまえもうシーブリーズ貸さねえかんな!」
「それとこれとはちがうでしょ!」

きゃんきゃんひとしきり吠えて、休憩をはさむ。バス停を通り越したあたりで吹いた風に乗って、前を歩く彼からいい匂いがした。

「晴矢、おいしそうなにおいする」
「シーブリーズじゃね、桃の」

自分の腕を嗅いでみる。くんくん。……シートのせっけん臭に混ざるのは確かに隣の彼に借りた黄色ケースのデオドランドのにおいで、桃の片鱗もない。

「……なにそれ、あたしにはシトラスしか貸してくんないじゃん」
「新品は自分で試したいもんじゃん?」

昨日買ったんだと、がっしりした手が鮮やかなパステル系ピンクを取り出して振る。真新しいケースの中でたぷたぷ言う音になまえの心はもやついた。本当男ってわかってない。ため息をついた口が顕著にへの字に曲がるのを見て、晴矢の顔が動揺を表す。

「べ、別に記念すべき1回目を使いたかっただけで、おまえに使わせたくなかった訳じゃ…」
「あたしが怒ってる理由そこじゃないしこのチューリップ」
「1日に2回も言うなよ!」

言わせてるのはおまえだと返しそうになった口をなまえはむりやり閉ざした。なんであたしが自分用を買わず彼と共有しているかをこいつは分かってないと、あきれてしまったから。

おそろいがいいのだ。自分だけがその人と同じになることで特別気分を味わいたいという乙女思考であって、お金がもったいないわけでも何でもない(こいつのデオドランドは頻繁に変わるからもったいなくない訳でもないが)。

口論中に唐突に黙りこくったなまえを見る金色の目は、分かりやすくはらはらしていた。何も言わないしよく分からないしでとりあえず謝ろうと、恐る恐るしかめ面の彼女の頭を撫でる。

「そんな怒んなくても、おまえ以外には貸してねえよ」

明日はピーチ貸してやるから、なっ?

めずらしい困り笑いを浮かべた晴矢を再度見たなまえの顔は拍子抜けしていたけれど、もう眉間にしわはなかった。
なんでそうも微妙に論点がずれてしまうんだろう、そうじゃないんだけどと言いかけてまた口をつぐむ。

「……当たり前でしょ!」

ちょっと違ったけど、それもまた嬉しかった。








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