なにもかもおわってしばらく経った。宇宙人時代の色々いじった不思議な髪型も変な服も、もう関わりがない。
一旦保護され人間になって世界に帰ってきたわたしたちは、中学編入の手続きがおわるまでやることもなく、故郷で子供たちの世話係をしていた。
おひさま園の台所で洗いものをしていると、背後で冷蔵庫の開く音。また子供たちがおやつを探しているのかと思ったけれど今はおひるねタイムである。
グランさまは買い物だし、バーンさま(今だにこいつに敬称つけるの腹立つ)は夢の中だ。そうなると、
「ねえ、おやつないんだけど」
「…ガゼルさま」
少し前までわたしの上にいた人がラフなTシャツ姿で冷気を浴びていた。ひんやりしてそうな髪型は前とかわらない。こんなに変化がないと怖くなる。……助けられたのはぜんぶ夢で、わたしたちはまだエイリアに縛られているのではないかと。
何だかもやもやして視線をそらすと、むっと碧い目の色を変えて扉を開け放したままこちらにくる。節電無視かこの方は。振り返っている状態のわたしの背中に向かうガゼルさまは、すたすた真後ろに立って。
「……ノーザンインパクト」
「ひゃあああ!?」
なぜか脇腹を突いた。
「なななにするんですかガゼルさ…」
「だまって」
取り落としそうになった泡だらけの皿でふさがった腕ごとわたしを抱え込む。文明の利で冷えた手に力がこめられて、ぎゅうと体と疑問符が潰された。白い、手。ダイヤモンドダストだったわたしに指示を出していたのと、おなじ手。
「ど、どうしたんですか」
「やめてよそれ」
「え…痛っ」
つぶれそうなほどの力と、首筋に息がかかる感触。頭を乗せられている右肩を見ることもできずわたしはひたすら皿を水に晒す。もう泡なんてついていないのに流そうと、皿ごと溶かすぐらいに。
わたしのようだと、今気付いた。
「なまえ。私は」
「…はい」
「風介、だよ?」
腕まくりですべて露出した腕からすこしだけ力がぬけて、肩にぽたと雫がたれた。あわててそっちを向こうとすると、みないでと小さな声。
「もうきみのキャプテンじゃない、同い年の同級生だ。君はみょうじなまえで私は涼野風介だよ」
必死で震えを抑えた声は真剣で、口を挟めない。シンクの水音に負けそうになりながら彼は言う。
「涼野、くん」
「そっちじゃやだ」
「…風介くん、よしよし」
腕の中で体ごと振り向いて、ようやく皿を置き水気をとった手で風介くんの髪を撫でる。ひんやりなんてしていない、ただの綺麗な髪だった。わたしと同じ人間の。みないでと言われたけどそんなの知らない。
「なつかしいね、風介くん。小学生に戻ったみたい」
潤んだ瞳は碧い。どこまでも。ヒロトくんにも晴矢にも負けずに、何だってできる気がした。
「……私は進みたいな」
「風介くん?」
一旦離れてからわたしの肩を今度はやさしく掴む。そういえば彼にさわったのは、ダイヤモンドダスト時代日焼け止めを塗り忘れた彼にむりやり触れた時が最後だった。「こら風介くん!」なんて、ついガゼルさまに怒鳴ってしまった時。真っ青になったクララにはたかれたっけ。
その時の彼も、こんな顔で笑っていた。
わだかまりなんて最初からなかったんだ。
「やっと言えるようになった」
さわやかな照れ笑いの彼の口の動きは、わたしがずっと待っていた言葉。ああ、なつかしい風介くんだ。
捨てさせないで(ひた隠ししてきた愛を)
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