「大変だなまえ!アイスがない!」

がたんばたんと何やらをなぎ倒し、曲がり角の向こうから何者かが走ってくる。
あいつらが午後の静かな時間を壊すのはめずらしくない、というか風介と晴矢はごはんとおやつの時間がいちばんうるさい。だからあれもどっちかだ。
といってもこの厨学…いや、中学生男子にしては子供っぽい台詞はひとりしか思い浮かばないので、視界に絶望の表情が入らないうちに叫んだ。

「大変なのは風介だけだからね」
「昨日はあったよ、箱のやつ!」
「お風呂あがりに食べてたの誰だったっけ?」
「…………………ガゼル」
「第二の自分のせいにしただと!?」

予想ななめ上を行く責任放棄。せめて晴矢とかあっただろ。仕方なく昼下がりの読書をあきらめていると、アイスたべたい、たべないと私は死ぬんだ!と涙目の風介に胸ぐらをつかまれた。訴え方がまちがっている、上目使いをすればいいだけなのに何で喧嘩売ってんだ。

春なのに外はまだ少しさむい。しかもうちの財布のひもを握っているのはヒロトだ、「今月何箱目かわかってる?」という声が容易に想定される。あえて言おう、めんどくさいと。

「なまえ、あいす…」
「ヒロトにお金もらって買いに行け、部屋にいるから」
「……だそうだ、晴矢」
「なんでいきなり俺をパシるつもりでいんだよ」

騒ぎを聞きつけて部屋から出てきた晴矢がふんと鼻を鳴らした。
うちのアイスの消費量は半端ない。しかもいつも風介のお気に入りのソーダバーで、そろそろ飽きてくれないかなと言いつつわたし達も争奪戦している。情熱に負けて7割はこいつにゆずってしまうけど。

「きみたち何してるの、おやつ?」

とんとんと足音がして階段からヒロトも降りてきた。勉強でもしていたのか眼鏡っ子だ。風介の左手に抱えられた空の箱をみて、そういう事かと呆れ気味に肩をすくめる。

「前も言っただろ、1日2本までって」
「……きのうは2本だった」
「一昨日3本食ってただろーが」

晴矢の正論をきっと睨む駄々っ子。よく見てるねとは言わないであげた。思案顔で黙り込んだヒロトはきっとお金の計算をしているのだろう、父さんからの仕送りは決してすくなくないけれど贅沢はしたくない。

「夕飯の買い物ついでに行っておいで、なまえの言うことちゃんと聞くんだよ」

普段なら許さないそんな子供扱いにも、風介は意外とこくこく頷いた。アイス恐るべし。
仕方ないなあ、瞳をやさしくして踵を返したヒロトは、すぐに財布を持ってまた1階に戻ってきた。そういえば今日の買い物当番わたしだったんだ。

てきとうに髪だけ整えてカバンを腕に引っ掛ける。我先に玄関へ走っていったいつもは冷静なはずの風介が、はやくと言わんばかりに足踏みをしていた。財布渡してあげたのに何で待ってるんだろう。挽肉な、ハンバーグな!と叫ぶ晴矢の声。

家から外界へ一歩出たとたんに、きゅっと手があたたかくなった。驚いて右を見る。財布を持たない方の手でわたしを捕まえて笑っていた。

「……実は3本食べたんだ」
「え、」
「デート、したくて」

夫婦みたいだ。
照れ気味にはにかむ風介。必死に目をそらすわたし。だってデートの口実にアイスしか思い浮かばないやつにときめいたなんて、むかつくことこの上ないじゃない。

いくらおやつやら読書を邪魔されても、このアイスに向けてるのかわたしに向けてるのかわからない希少値の高い笑顔に負けてしまう。だから嫌いなんだ、風介なんて。

「いこう、」

繋いだ手は、溶けてしまいそうにあつい。








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