キャプテンの部屋でトランプ大会に付き合っていたら、いつのまにか自室に戻る頃にはこんな時間になっていた。困った、騒ぎすぎてねむくない。
明日も朝早くから練習だ。マネージャーの仕事はたくさんあるから寝坊なんてできないのに。

布団でごろごろしてみても身体がだらけるだけだったので、とりあえず気分を変えようとジャージのポケットに携帯と財布をねじこんで静かに部屋を出た。2階の談話室は深夜でも電気がついている。椅子にとりあえず腰掛け、一応しょぼついてはいる目を閉じて眠気を呼ぼうとがんばった。

「お、誰かいるのか?」

朗らかな声が後方からしてびくりと肩が跳ねた。ビニール袋を引っ提げ、あぁなまえかと黒い瞳を丸くしてこちらを見ているのは予想通りの綱海さん。1時間前にキャプテンの部屋の前で別れたぶり。

「意外だな。こんな時間だから不動とか飛鷹かと思った」

ヤンキーか。…いや、あの、あながち間違ってないけど。本人には絶対言えない。

「綱海さんこそ、今補導されちゃう時間なのに何してるんですか…ってここ日本じゃないのか」
「海の男も腹が減ってはなんちゃらだ、気にすんな」

踊り場から歩いてきたかと思うとどすんとわたしの隣に座って、袋をがさがさと漁る。簡素な机に菓子パンやらスナックやらがちらばった。
買い貯めしたらしいカップ麺をわたしが眺めている間に、早速メロンパンをひとかじりしている。夕飯は7時頃だったから食べ盛り男子は小腹がすいたのだろう。

「なまえもくうか?」

ふいに食べかけメロンパンを口元に差し出されてぶんぶん首を横に振った。海の男は本当にざっくばらんとしているようで、そういう事を気にしないらしい。ああでも音村くんは普通だったな、綱海さんだからかな。そもそも初対面から名前呼びだし。
そんな綱海さんだからこそ好きになってしまった訳だというのは、まだ誰にも打ち明けていない秘め事である。エイリア学園と戦っていた時からだから少し長い。とりあえず夜更かししたわたしGJ。

思い切り断られた彼はすこし残念そうなそぶりを見せて、すぐにメロンパンを胃に収める作業に戻った。食べながらもわたしを暇にしないように構ってくれる、そんな気遣いが本当に上手な兄貴肌。

「何でも食っていいぜ。たまには先輩らしくおごりだ」
「…じゃあ、遠慮なくたべちゃいますよ」

いただきます。こんなチャンスは逃したくないから、そろりと小さめのチーズ蒸しパンをつまむ。
意外とおなかがすいていたのか、わたしは順調にぱくぱくと食べ進めてしまった。そんなわたしを見て、唐突に綱海さんが笑いだす。

「…そんなに笑わなくても、」
「いや…なまえっていつも俺に遠慮がちっつーか、だから素直にがっついてるの見たら何か嬉しくてな」

嫌われてないみたいでよかったぜ。
にかっと白い歯を見せた彼に、猛烈に今すぐ想いを伝えたくなった。嫌いじゃない。すきすぎて変になってしまっているだけなの。

いくら優しくしてもらっても、自分だけ可愛がられているなんて自惚れてはだめだ。気さくで人のいい綱海さんだから。そう考えるとなぜか不思議と自分から距離を縮められなくなって、照れるからさらに謙虚になってしまう。
ひとりで悶々と考えて、やっぱりこんな絶好のチャンスでもすきだなんて言えないなぁと自嘲した。ぱくんと最後の一口を嚥下してから、いまのわたしの精一杯を返す。

「嫌いなわけないです」

メロンパンの袋を捨てようと椅子から立ち上がっていた綱海さんは、きょとんとしながらこちらを見た。

「かっこよくてやさしくて。わたしマネージャー業もサッカーも下手なのに、皆と同じように接してくれて。いい人です」

明るい表情も精一杯だった。皆と同じ。自分で言ったくせにダメージを受けている。はずかしいのと混ざって複雑になって、視線を外して俯いた。

空になったビニール袋を手の中でつぶしたまま、やさしい海の男はわたしの方を見てから、彼らしくない声音で笑った。何のために立ち上がったのか袋を持ったまま行ったルートを帰ってくる。
どうしたんですか。空気に乗せようとした声が、わたしの肩にぽんと置かれた色黒な手で止まった。

びっくりと嬉しいのと現状がつかめない怯えが混ざって、結構近距離にいる綱海さんの様子を伺う。真剣な双眸に完璧に口封じをされてしまった。

「……なまえ、あのな」
「は、はい」

あまりの緊張に返事の声がかすれた。顔が真っ赤になる。先がうまく読めない、何これ期待していいやつ?

「俺一応、おまえのこと特別可愛がってたつもりだったんだけどよ」
「……へ、」
「海の男の素直さだけじゃ恋愛は無理だって音村が言うからな、抑えたり曲げてみたりしたんだぜ」

なまえって難しいな。

わたしの肩に手を置いたまま大げさにため息をつく綱海さん。それは何というか、つまりはどういうこと。恥ずかしさに鈍る思考を必死にめぐらせる。音村くんめ、めんどくさい助言しやがって!

「…まっすぐで、いいです」

確実な言葉がほしい。見張られた黒い眼差しがわたしを掴んで離さない。…離してほしくない。わたしの肩で小麦色の手に力が込もる。しばらく沈黙が流れてから、綱海さんは照れたようにその目を細めて。

そうっとやさしく、でも確実に、唇が温かくなった。言葉がほしかったわたしのお願いは珍しく直球だったけれど、綱海さんのまっすぐな愛よりだいぶ謙虚だったらしい。
菓子パンのあまい味がした。


ツンベルギア
花言葉:黒い瞳






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