もうすぐ放課後になっちゃうよ。本日最後の授業中に頭を抱えるわたしの手元には、まだきれいに包まれたガトーショコラがうずうずと留まっている。休み時間のたびにタイミングを逃したヘタレはここにいます。
放課後はサッカー棟まで花道が出来ているに違いないし、練習のあとはきっと後輩くんとか神童とかと一緒に帰路についてしまうだろう。呼び出すなんてそんなことわたしなんかに出来るはずもなく、かといって人目のある場所でひとつだけ特別な包みなんて渡せない。詰んだ。見つめる前方の霧野の背中はやっぱり蘭ちゃんの時よりすこしだけがしっとしている気がする。

今日の霧野は、休み時間のたびに神童を引きつれてトイレに行っていた。初めてショップに入った蘭ちゃんと同じような顔で。女の子から逃げているのかもしれない。そんなにびびることなのだろうか、とも思うが、朝のあの通行止めを見た後だとなんとも言えない。

霧野の背中が動いて、机の下で携帯を動かし始めた。案外悪い子だ。気付かずに授業を続けるバレンタインとは無縁そうなじいさん先生の声が、右から左へ流れていく。
メールかな。彼女とだったらどうしよう、いやまさかいないとは思うけど。願いとは裏腹に思考回路が嫌な方向にばかりいく。人間とは不可解な生きものだった。なんだかお腹のあたりがこそばゆい。こういう時って普通胸が変になるものなんじゃないのか。

「(…あ、ちがった、メールだ)」

よかった、ただのバイブレーションだ。恋する乙女はおなかがこそばゆくなるなんて聞いたことがないからあせった。霧野の真似みたいに机の下で携帯を開く。どうせビッグマック200円明日まで!とかだろう。わたしはマックより蘭ちゃんと行くミスドの方が好きだよ、ダブルチョコレートを頬張ってにこにこする蘭ちゃんかわいかった。もう出来ないのかなあ、デート。既読にして消そうとした指が固まる。

20XX/ 2/14 14:01
From 霧野蘭丸
Subject 無題
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部活の前、体育館裏にしばらく隠れる予定なんだ。暇だったらちょっと付き合ってくれないか?

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あっちから呼び出しなんて、そんな、ばかな。しかも体育館裏。
反射的にまた前を見る。背中しか見えない霧野は、いつのまにか机に突っ伏してしまっていた。これどういうことだろう。でも。ただの暇つぶし役でも、神様がチャンスをくれたってことなら。
そわそわ落ち着かなくてガトーショコラの包み紙に触れると、つめたい熱が広がるみたいに指先がすくむ。渡したら霧野はなんて言うだろう。にこにこしてくれるだろうか、それとも。
困ったように、笑ってしまうだろうか。

「友チョコだよ」って渡そう。そんな言葉は嘘だと分かり切っていても。霧野にさえ伝わらなければいいの。恋する乙女なんて無意識に自分で言ってまで今更否定なんて出来ない。
わたしは霧野が好きだった。きっと結構前から。ピンクのふたつ結び、なのに男前な精神。心の大半を奪われた。だから蘭ちゃんと仲良くなれてデートも出来て、わたしはしあわせだったのだ。

でもわたしだけのものなのはお姫さまの蘭ちゃん。惚れた霧野はみんなの王子さま。だめだよ無理だよ。届かないよ、そう思って気持ちを見逃そうとした。蘭ちゃんを独り占め出来たんだからもう、これ以上は求められないと思った。そして、それを肯定するような霧野の本命拒否のとりきめに、わたしは抗えない。

授業終了のチャイムが鳴る。とたんに囲まれる神童に駆け寄る霧野は、本当にどうして本命を受け取らないんだろう。ぼんやり思うわたしは、まだバッグの中で袋の閉じ口を落ち着かずに弄っていた。






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