悩んでいても日付は進んだ。一通り用意したチョコレートの材料を前にひとり黄昏る休日。バレンタインデーを控えて普通の女子は今からどきわくなんだろうけど、わたしの心はなかなかにドロドロしている。
霧野は本命は受け取らないらしい。本人の口から真っ先に聞いたわたしにも、すぐに噂が回ってきた。「彼女でもいるのかな」友達の言葉にはぎくりとしたけど、彼の性格を考えると彼女持ちなのにクラスメイトのわたしと特殊とはいえ度々デートをしてくれるとは考えにくい。

まあ、霧野が本命を受け取らなかろうが、わたしには何の支障もない。ただ友チョコ用のトリュフを量産すればいいだけの話だ。よし、気合いを入れて腕まくり。台所にお母さんが顔を出す。

「なまえ今年ガトーショコラなんか焼くの? 気合い入ってるね」

…………。




あの後わたしは笑って話を終わらせて、いつもみたいにミスドを食べた。ふたりでチョコレートを貪ってゲーセンをふらふらしてプリクラを撮って帰った。霧野に戻った姿に「暗いから」って送られて、その数十分だけド緊張したままおわり。

……いつもどおりだ。普通じゃないけど普通だ。女の子どうしで遊ぶみたいな楽しい一日だった。相変わらず霧野とはなんとなくお互いあんまり会話出来ないし、蘭ちゃんとは大の仲良しだし。手元にはすっかりおいしそうに焼き上がってしまったガトーショコラがかわいく包まれて、大量のトリュフと一緒にわたしを見上げている。

本命は受け取れないと言った表情は、サッカー中のように真剣だった。なにか大事な理由でもありそうな顔。サッカーに集中しなければいけないのかもしれない。たまの休みを今後も趣味の女装に使っていくならば、恋愛にさく時間など確かになくなってしまう。
それか、もしかしたら友達が言ったように、そもそも本当に彼女(もしかしたら彼氏)がいるのかもしれない。いやそんなはずは。でもそれはわたしが信じたくないだけかもしれないし、霧野にだけ気合いを入れてたらいざばれた時に「何こいつどういうつもり?」ってならないだろうか、

「いやそもそもこれ本命じゃねーし!」

この問答をわたしはあの日から繰り返している。






頭の中で勝手に駆け引きを続けているうちにまた日付は進んで14日の朝、エコバックに甘い匂いを詰め込んでわたしは雷門中までの道を走リーヨしていた。一番大きな包みを前に悩み悩んでいたら、遅刻しそうな時間になってしまったのだ。あきらめきった生徒たちの間を走り抜けて昇降口に入ると、前方に朝練帰りの悩みの種を発見してしまった。隣には本命も義理も断れなくて一向に廊下をすすめない神童。そんな理由で遅刻することある?

ふたりとも持参なのかでっかい紙袋をすでに大分膨らませている。モテる男は自分で紙袋持ってくるんだ…知らなかった…。去年の今頃は霧野自体がまぶしくてそんな細部まで見ていなかったけど、今年は一軍で活躍しているだけあって量がさらに増えたんだろう。無意識に縮こまる自分のエコバック内のガトーショコラは、トリュフに紛れてもひときわ目立っている。けど。

霧野の紙袋へ贈られていく、明らかに本命っぽい気合いの入った包装たち。あれならわたしのをひとつ放り込んだって特に問題ない気がする。むしろ地味。義理だって渡せば大丈夫な感じしてきた。
それによく考えたら友チョコでも親友だけ豪華に作る子たまにいるし、大丈夫じゃないこれ? 小さなガッツポーズと共に、のろのろ進む神童と霧野の横を走り抜ける。今は人目が多いからあとできっと渡そう。蘭ちゃんの時とはちがって、霧野はなにも声をかけてはこない。






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