「霧野、どこか行きたいとこある?」
「みょうじが行きたいとこでいいよ」

女装したまま出かけてみたいので付いてきてくれないか、なんて言うので聞けば、さらりと何の躊躇もなく返ってきた言葉はいつもの霧野らしい男前なものだった。振る舞い的にも日常生活を見ても霧野は服を着てみたかっただけで本当におんなのこになりたいわけではないらしい。でも優しい言葉に胸きゅんして横を見た所で、いるのは白いワンピースを着た桃色天使である。詐欺。

30分前、試着室を振り返って言葉も出ず凝視するわたしに「どう、かな」なんて目を伏せた霧野は、店員とわたしの褒め倒しWコンボを受け、ちょうどバーゲン枠だったそれを苦笑いしつつも購入してしまわれた。
わたしも店員も、あそこまで完全本心で褒めちぎった経験はないと思う。店柄もあって店員はリップサービス慣れしていたけれど、霧野のかわいさは女子なんかよりも遥かに銀河レベルである。ロマンティック止められない。

貢がせていただいたカチューシャを右に左に動かして、霧野は少し落ち着きがなかった。まわりばかり見るのは知り合いを気にしているのだろうか。いつもとのギャップが激しいだけかもしれないけど。あのクールな名門雷門中サッカー部のエースDFとはとても思えない。…色んな意味で。

「じゃあ、おやつでも食べに行きますか」

お金ないからミスド程度かな。霧野も頷いたので再度駅の方へ歩き出す。まるで、でーと、みたい。服屋でも思ったけどクラスの人気男子とふたりで歩くなんてやっぱり緊張する。付き合ってるわけでもないのに。気を紛らわすために彼が女装中だということを再確認しようと隣を向くと、ちょうど霧野もこっちを見ていた。逆効果です。

「き、霧野くん、いかがしました?」
「なあ、それさ」
「?」

眉根を寄せて少し言いづらそうな顔をしながら、霧野はスカートの裾をつまんだ。ひらひら。そんなに主張しなくても十分かわいいよ、無駄にどきどきしてるわりにはあほくさい事を考えているわたし。彼が切り出したのは当たり前だけど全然関係のない話だった。

「霧野くんとみょうじってなんかこう、不自然じゃないか」
「……………そう?」

体育会系なら名字で呼びあう女の子たまにいるけど。まあたしかに霧野は今の格好じゃ完全インドアなお嬢さんだし、おしとやかなその格好でみょうじ!なんて呼んでいたら不自然と言えなくもない。つまり霧野は今の自分が誰から見ても女子だとを自覚していることになるけれど、そこで自惚れているなんて意見はだれに聞いても出ないだろう。かわいい系の女子だもの。確実に。
ならばせめてみょうじさんとかがいいか。でもわたしが彼を霧野さんと呼ぶのは何かいやだ。変なリアリティーがある。ガチ感が漂いすぎる。お互いに歩くスピードを下げながら再び脳を回した。女友達、霧野蘭丸。霧野…蘭…。

「蘭ちゃん、って呼んでもいい?」
「…幼稚園以来だ」
「(なんかいいこと聞いた)私は何でもいいけど、どうする?」
「そうだな…じゃあ、」

なまえちゃん。

斜め上だった。思わず歩幅調整がむちゃくちゃになった。とどのつまり手をつくほどではなかったもののコケた。反射的に助けようとしたらしい霧野の手がわたしの肩をきゅっと掴んでいる。色んな意味で恥ずかしい。「ありがと…」「大丈夫か?」手を離してにかっと見せた笑顔は、蘭ちゃんじゃなくて霧野の表情だった。これがエースディフェンダーの実力か。服屋にいるときの彼のように裾を掴んで縮こまるわたしは、興奮状態で地味な女装の腕をつかんだみょうじなまえとはまるで別人のようである。
視界をちょっと上げると、初めて見る下ろされた髪が、足と比例して揺れていた。いい匂い。萌えにも似た感情が、今確かに底無しに生まれている。

「…うん、なまえちゃん蘭ちゃんでいっか!」
「そうか。母さんにしか呼ばれたことないから慣れないな」

ドーナツ屋が見えた。蘭ちゃんは練習なのかなまえちゃんなまえちゃんと意味もなくわたしの名前を呼ぶ。恥ずかしいからやめさせようとしたのに、随喜しているかのごとく笑顔がはじけているので何も言わずにただ視線を蘭ちゃんから外した。よく分かんないやつ。

それからゲームセンターやら雑貨屋やらと別に女装でなくとも入れるような店ばかりを回ったわたしたちは、日が暮れると共に雷門町へ帰った。蘭ちゃんはトイレで私服に着替えて見慣れた霧野に戻っている。見慣れたと言っても今日長い時間を蘭ちゃんと過ごしたものだから、ノーマル状態の彼とふたりで電車に乗るのはやけに緊張した。

「俺こっちだから、じゃあな。また明日」
「うん。ばいばい蘭ちゃん」
「ばいばい、なまえちゃん」

男装でその呼び名はちょっとチャラい。ふざけて笑う霧野が曲がり角に消えた。神童邸の方だ。ご近所さんなんだろうな。河川敷に沿って歩くわたしの右手では、すっかり忘れられた本命のはずのアニメショップの袋が揺れている。
携帯に残った霧野のメアドと電話番号だけが、今日の出来事を証明していた。






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