狩屋


部活のひとには散々嫌味言ったり意地張ったりするくせに、いざ園に帰ればマサキはただの子どもであった。洗濯を始めればベランダまでついてくるわ、料理を始めればつまみ食いするわ、掃除を始めればコロコロでいたずらするわ。逆に中学一年生にしてはガキだ。

そんなマサキを知っているわたしは、部活で剣城くんを見る度にいい子だなあと関心している。重いものを運んでいれば持ちましょうかと聞き、おにぎりを作っていれば塩を取ってくれ、部室を片付けていれば知らぬ間に雑巾の水が汲み替えられている。何だよこの子絶対お母さんのお手伝いとかしてるよどうすんだよ可愛い。

そんな訳でわたしは最近剣城くんがとてもお気に入りだった。彼も別に迷惑ではないみたいで、昨日なんか弁当のおかず(意外にも愛情たっぷりママの味)を分けてくれたのだ。わたしのお弁当は園で働いている大人が作ってくれるんだけど人によってはあんまりおいしくなかったりするのでありがたい。南雲さんだとおいしいんだけどな…涼野さんだとな…。

今日も朝から剣城くんに会えた。あんなにツンツンしてたのに今じゃ15分前集合。おはようございます先輩、わたしが気付くよりも早く声を掛けてくれる。普通先輩がいたら気付かれないうちにささっと逃げたりするものじゃないのかな。愛されてるかもしれない。

「おはよう剣城くん、朝練がんば「剣城くんおはよー!」…マサキうっせえ」
「……よう、狩屋」

わたしの後ろから飛び出た自己主張の激しい同級生に、剣城くんは苦笑いだった。天馬くん並の無理なテンションにわたしも笑ってしまうと、マサキはぷくうと頬を膨らませて剣城くんの腕をひっぱる。わたしが離れないなら相手を引き剥がそうという作戦らしい。
剣城くんは微妙な顔のまま一軍部室に連れていかれてしまった。くすくす、声に振り返ればもうユニフォーム姿の霧野と神童。

「大変だな、子守」
「マサキが大人の余裕を身につけてくれないからさあ」
「まだまだ無理だろ。母親取られた子どもみたいだよ」

仲良しふたりは顔を見合わせて楽しそうに笑ってからグラウンドへ行ってしまった。他人事だと思って。確かに完全に他人事だけど。
葵ちゃんたちはまだ来ていないけど、わたしもそろそろマネ仕事に移らなくてはいけない。ジャージ片手に女子用として使っている二軍部室に入ろうとすると、すれ違いに向こうの一軍部室からマサキが走り出てきてわたしを呼んだ。

何かと思えば「剣城くんからお菓子、はい」だそうだ。てのひらに落とされたのはミルキーひとつぶ。直接渡されるのはいやだから自分を挟んだらしい。そんなに妬くならわたしまで届けなければいいのに、このガキはそういう所ばっかりいい子なのだった。

不本意そうにするマサキの頬をつつけば、やめろよと振り払われる。指先に肉を挟んで硬い感触があった。あれだけ敵視しといてもらった菓子はしっかり食うんかい。ガキ。

「ねえ、せんぱい」
「何さ」
「俺彼氏だよね」

…はあ。本当はちゃっちゃと着替えてしまいたいんだけど、マサキの膨れっ面がめずらしく萎んでいるので見捨てられない。泣きそう。泣くかな、久々に。ちょっと剣城くんを可愛がりすぎてしまったかもしれないなとありさんの涙程度の反省をした。ちなみにありさんは泣かないので、実際反省なんてものは微塵もしていない。マサキは笑ってても泣いててもかわいいから彼がどうなろうがわたしにとっては眼福なのである。

「ほかに何があんのよ」「…おとうと」涙は出ない。つまらないなあ、わたしはゆっくり息を吐いた。めずらしく空気を読む雷門サッカー部がちょっと気にしながらも横を通り過ぎていく。あ、剣城くん。マサキがちょうど俯いたので、困ったような剣城くんの金の目に軽く微笑んでおいた。

「やめたんでしょ、弟」
「……うん、彼氏…」

きっとここがサッカー棟じゃなかったら、マサキはわたしにへばりついて涙を溜めたかもしれない。頭を撫でようとミルキーを持たない手を伸ばした。この子ども扱いがマサキを不安にしていることは知っている。だからこそ、撫でる。
泣きそうになるほど不安になって、でもわたしを大好きだということをやめられないマサキが可愛い。剣城くんよりも、何倍も。

「ほら練習行け、彼氏さん」
「…はあい」

彼女さん、なんて恥ずかしくて言えないマサキは、やっぱりガキだった。


〜20120404


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