狩屋


気付いたら日付が変わっていて、特に何をしていたというわけでもなく無駄な数時間を過ごしてしまった。固まった背中を伸ばして携帯から顔を上げればまだドライヤーもかけていない髪が香る。ちょっとさむい。電気ストーブへ近づく。「右ずれて」「…、ん」開いたスペースにどっかり腰を下ろした。ベッドから布団を引きずり下ろして膝に掛けると、マサキも隣に入り込む。

「図々しい子だなあ」
「んるさいばーか」

ねぼけ頭を殴っておいた。
ついに年度が変わってしまった。春休みが明けるというちいさな恐怖がじわじわ襲ってくる。学校面倒だなあ。嫌いというわけではないけれど早起きは面倒だし歩きたくないし、なによりも教室にはマサキがいない。ほらそれだけで興味全然興味ねー。どうしてわたしはマサキと同じ年に生まれなかったのだろう、顔も覚えていない親を地味に恨んだ。同級生だったとしてもクラスはいくつもあるので同じ教室にいることが出来るかは微妙だが、学年が同じというのは少なくとも今より数倍は距離がない。

「…あのさ」
「なにさ」

マサキがことんとわたしの肩に頭を置いた。こいつ頭働いてるのか。そんなことを考えるわたしもねむい。アナログな針時計の音だけをBGMに、マサキは「俺さあ、あんたのことクソ嫌い」と言い捨てて目を閉じた。…………、フォローはないのかよ。わたし貶されただけかよ。殴ったから機嫌をそこねてしまったのだろうか。それだけ?聞けば小さくうなずいてわたしの肩口に顔を埋める。とりあえずがっしり厚くなってきた胴体に腕を回した。

「…あんたは」
「マサキのこと?普通に大好き」
「え、」

「え、なに?」黄色い猫目をおおきくしたマサキは、ばさっと髪を乱してこっちを向いた。今の今まで眠そうだったくせにやたらと俊敏な動き。行き場を失ったわたしの腕が浮いて、マサキの生乾きの髪からいいにおいがする。わたしと同じ匂い。シャンプーまねっこされたのだろうか。
猫目ちゃんははっとしたように驚愕モードを解いて、居心地悪そうにわたしの隣に戻ってきた。今更なにを驚いているのだろう。昨日も仲良くちゅっちゅらぶらぶ喧嘩していたし、男女的な関係になったのはとうの昔であってわたしがこのガキを大好きなのは周知の事実である。

「好きなの?」
「好きだよ」
「…俺嫌いだよ?」
「どこら辺を嫌いになっちゃったのよ」
「……それは、言わないけど」

訳がわからない。日付が変わる前まではしりとりとかしてたのにいきなりどうしたのだ。ライムの次にマサキの嫌いな百足を繋げたから怒ってしまったのか。女子は向井理って言わないとだめなタイミングだったのだろうか。なにそれ女子ってめんどくさい、上の空なうちに強調するようにもう一度言われてしまった。そっか、嫌いかあ。それならば仕方ない。照れさせてやる。あたたまった右腕を解くとマサキが名残惜しげにもぞっと動く。

「わたしは好きだよ、猫被りなとこも理数バカなとこもドジなとこも体力ないとこも全部ひっくるめてかわいいしサッカー上手だし最近男の子っぽくなってきたし、あとちゅーもうまくなってきてるし…」
「な、にそれお前バカなんじゃね!?時計見えてんのかよバカ!」
「しーっ、もうちびども寝てるから」

犬歯の覗く口を塞ぐと、マサキは不機嫌そうに目を細めてからわたしの手をべろりと舐めた。うわきもちわるい…なんて離すと思ったか。残念だったな、わたしには効かないのだ!そのまま体重をかけて押し倒せば小柄なマサキはあわてて横に逃れる。「なにすんだよっ」「嫌いとか言うから好きって言わせようと」「だから時計見ろよ!!」見てるから時間を知って静かにしろと言ったのに声がちいさくならない。壁ドンされてしまう。

なめられた手の平をパジャマでごしごし拭くのを、マサキは半眼で見ていた。傷ついたのかな。でもこの手をなめたら変態キモッとか言われてしまうのだろう。扱いがむずかしい。どっちにしたって吠えられてしまう。マサキは言葉なんて信じないし、本人も本当のことはなかなか言わないしこいつマジ嘘ばっかで、

「……あー、マサキくん」

散々言われた時計をもう一度確認するように見た。居心地悪そうにそこにかけられた時計は12時5分を指して、3月から4月へ世の中が移行したことを告げている。4月1日、わたぬきである。

ということは5分前からこの国はエイプリルフールなのだ。ちなみに嘘をついていいのは午前中だけというのは外国の一部の話で、日本はべつに一日中狼の襲来を叫んでいても村人にぶたれたあげく喰われたりはしないのだという。
子供であふれたお日さま園は例の通りイベントごとを無視しない。ここで育てば否応なしに風習やら祭りやら敏感になっていく。意気がっているマサキだってみんなと同じように付き合わされているのだからそうだ。

クソ嫌いだのなんだの散々罵倒されたのはまあつまりそういうことだ。大好き愛してるって。…ベタすぎていまいち。特に傷ついていた訳もなかったわたしは、とりあえず丸まり直すマサキを抱えた。耳があかく自己主張しているので食んでおく。

「マサキって否定的なことなら素直に言えるんだねえ、よしよし」
「……まあ、うん…嫌い」
「わたしは大好きよ」
「!?」

さあ眠いから寝ようねえ、温まった布団をベッドに放ってすべり込むと暖を奪われたマサキも追いかけてきた。
「ねえ、」「なに?かわいいマサキくん」「いやあの、…どっち」「どうだろ」
枕元の充電器に携帯をつないで準備完了。春休みだからアラームはいいや。へばりつく弟分がねえねえとしつこくわたしの背中を叩く。わたしが日付に気付いたことをマサキは悟ったらしかった。エイプリルフール、人を傷つけない嘘ならついてもいい日。中途半端な嘘つきマサキにはとっても似合う。嘘の武勇伝を語り合ったりわかりやすい恋愛詐欺をしたり、逆にデレてみたり。背中がいたくなってきたので後ろ足で蹴りを入れた。呻き声がかわいい。大好き。

エイプリルフール、嘘をつかなくても特に問題はない日。


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