吹雪

ねむいなあ。でっかいあくびを噛み殺せずに目だけ潤んだあほ面でぼんやりまわりを見渡すと、隣に座っていた吹雪くんがこっちを見てにこにこしていた。ねむいねえ、高い小さい声。慌ててまぶたを拭う。

前では鬼道くんがきびしい顔でむずかしい話をしている。マネージャーはあんまり関係ないだろうけど、ちゃんと聞いていないといけない。でもねむい。前を向いて話を聞いている感じを出しながら、吹雪くんはこっそり目線を動かす。

「綱海くん寝てる」
「ほんとだ。…あ、不動くんあくびした」

綱海くんは突っ伏して豪快に、不動くんは頬杖をついて目を閉じてしまった。後者はたぶん寝てるようでしっかり聞いてるんだろうけど(喋ってるの鬼道くんだし)、海の男は確実に聞いてない。隣の木暮くんがピンクの髪をいじっていて、壁山くんがはらはら見てる。…ディフェンス大丈夫なのか。それに気付いた鬼道くんがとりあえず夢の中の先輩を叱った。

みんな仲良しだねえ、吹雪くんは何だかほくほくしている。すごく楽しそうなのでこっちもしあわせになって二人でにこにこしてしまった。いつものことだ。二人してにやにやにこにこしているものだからみんなに笑われる。つまりあれだ、吹雪くんが笑うとみんな笑うのだ。

「僕おなかすいた」
「お昼はサンドイッチだよ。今日もがんばったからね」
「わあ、たのしみ!」

うまく鬼道くんの目を盗んで小声ではしゃぐ吹雪くん。ホワイトボードにきれいに印されたフォーメーションを記憶しているのかじっと見ながら、彼はそうだとまた口を開く。

「風丸くんとかヒロトくんとごはんの約束してるんだけど、きみも一緒に食べるよね」

にっこり、天使の笑顔にうなずいた所で、ちょうど鬼道くんの説明がおわった。昼食にしよう、その言葉にみんなの肩の力が抜けて、がたがた椅子が鳴る音と話し声で急に部屋がにぎやかになる。わたしはマネージャーとしてごはんを配る係を担っているから急がないといけない。またあとでね、吹雪くんはそう言ってまたほくほく笑った。




吹雪くんは北海道出身で名前もつめたそうだけど、雰囲気がとてもあったかい。サンドイッチをくわえたまんまコップに野菜ジュースを注いでいる様子をあくびしながら眺めていると、目が合って微笑まれた。「んむむーむ!」にこにこ。ごめん何言ってんのかわかんない。結構間抜けだけどかわいくてにやにやしてしまう。ほら、まただ。

「お隣失礼。眠そうだね」

吹雪くんと逆側の隣にトレイを置いたヒロトくんが言う。昨日ちゃんと寝たはずなのになあと重いまぶたの上をマッサージしていると、後からやってきた風丸くんまでもが「昨日寝てないのか?」とか言いながらヒロトくんの横に座った。

「あークマでてる」
「うっそお」
「疲れてるんじゃないか? 慣れない外国だし…」
「最近みんな忙しそうだしね。大丈夫?」

わたしの目下をさする吹雪くんの手があったかくて眠気を増やす。たしかにライオコットに来てからマネージャーは忙しくなったけど、選手の疲れとかプレッシャーとは比べものにならないと思ってがんばっていた。言われてみれば確かに疲れている。でも秋にくらべたらわたしなんてお手伝いレベルのような気もして何とも言えない。
ねえ。いつもよりすこし厳しい声に名前を呼ばれて肩をすくめた。たしなめる時の声だったのだ。

「…練習3時からだよね」
「うん」

問われたヒロトくんが頷いて、壁掛け時計を確認した吹雪くんがサンドイッチで汚れた手を拭く。今は1時。何かあるんだろうか。様子を見ながらわたしも残り少ない昼食を食べ終わって合掌すると、どうやら待っていたようで「よしっ」と吹雪くんがひとりでかわいらしい気合いを入れた。

「ね、練習までおひるねしよ?」
「えー? でもドリンク作りが」
「僕がやるから」

わたしの分のお皿もきれいに重ね、吹雪くんはめずらしく険しい顔でじいっと見てくる。息を呑むわたしの後ろでヒロトくんが楽しそうにこちらを伺っている気配がした。

「でも起きれないかも…」
「僕が起こしにいく。30分前で大丈夫ならいまから1時間半休めるよ」

いこう。ぎゅう、手を握られ助けを求めて風丸くんを振り返っても、さっきの吹雪くんみたいにサンドイッチをくわえたまんま呑気に手を振っていた。ヒロトくんは最初から意外とあんまりあてにならない。

係の冬花ちゃんに不思議そうな目で見られながらお皿を返し、早足で階段をひっぱられていく。すれ違った佐久間くんが微笑ましそうにかつガン見していった。なんでみんなが気にしていくのかは大体わかる。今の吹雪くんが、試合中以外ではあまり見れない表情をしてるから。

「吹雪くん」
「ん?」
「わたしの部屋こっち…」
「ん、今日はこっちで」

階段から右に折れてたどり着いたのは吹雪くんがヒロトくんと使っている部屋だった。入ったことは何度かあるけどベッドに寝るなんてはじめてだし、いつもの彼はこんなにきりっとしていないから緊張する。促されてもなかなか布団にもぐりこめないわたしの肩を、痺れを切らした吹雪くんがとんと押した。重力に従う。

一瞬押し倒されたから身構えたのに、吹雪くんは布団を自分にもかけて「ほら」と手を広げた。くっつけばわたしにも器用に布団がかけられて、いよいよ肝心の眠気が吹っ飛びそうになる。

「ねえ大丈夫だよ、そんなにマネがんばらなくても」
「…でもみんな頑張ってるし」
「それ次から禁止ね」

言葉につまるのなんて見透かしていたようで、吹雪くんは言い終わる前にわたしを抱きすくめた。視界が色素のうすい髪でいっぱいになる。

「比べちゃだめなの。僕は木野さんを好きになった覚えないんだけどな?」
「ごめん、なさい」

比べてる相手すらばれてる。
一気に気が抜けた身体をますますいい具合に圧迫される。いつもみたいに痛いくらい抱きしめたいんだろうけど、どうにかして寝かせようと我慢しているみたいで笑ってしまった。ねむくなってきた?同じタイミングで笑った吹雪くんは、もうほくほくのふわふわに戻っていて。

おやすみ。目を閉じればあたたくて、でも硬い身体。見かけよりがっしり大きい胴体に腕を回すと耳元でやさしい声がした。ほほえむ気配。吹雪くんが笑うとみんな笑う。
吹っ飛んだはずの眠気も帰ってきて、わたしは吹雪くんの白い髪にぐしぐし顔を埋めた。

「きみがいないと僕ごはん寂しんだからねー」

気の抜けた声が最後に聞こえて、また思わず笑う。

〜20111108


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