不動

 
ひととおり胃に入っていたものを外に流出させて、久しぶりに腹のきもちわるさをなくせた。あとは胃腸の回復を待つばかりだ。
病み上がりでクレープなんて食うもんじゃなかった。よく考えたらあたし、油もんだのの刺激物しばらく口にしてなかったのに。

「ばっかじゃねえの」

脂汗を拭き取らないままトイレ付近の壁にもたれ座り込む。見下ろしてくる冷めた視線。むかつく。
ぐっと目を閉じて視界のぼやけをなだめた。そういえばトイレに駆け込む時、心配そうに様子を伺っていたキャプテンやら壁山くんやらがいない。明王は何と言って追い払ったんだろうか。

「だれのせいでこうなったと…」
「俺が買ってきたクレープをお前が勝手に食っただけだろ。俺のせいにすんな」

風邪もだんだん元気になっておなかがすいてきたタイミングで、甘い匂いさせて部屋に来られたらだれでも食べる。確かにお前はあれを見舞いと言ったはずだ。つまりこれは明王のせいだ。
腹痛からくる生唾をこくんと飲み込んで、仏頂面でこちらを見ているそいつをにらむ。不機嫌なきょとん顔が返ってきた。

「…クレープ、きらいかよ」
「すきだから食べちゃったの!」
「すきなら見舞いとしては合ってんじゃねえか」
「う、ぐぐ」

なんという気遣いのない屁理屈なんだろう。確かに明王におかゆとゼリーしか食べられないほどの風邪だったことは話していないから、もう治ったのにクレープがだめだなんて思いはしないだろう。
前どこかを散歩したときに言った記憶もある。「クレープ好きなんだよね」と。
そんなことを明王が覚えてくれているなんて思えないけど。…あれ、これ彼のせいじゃないじゃん。

「…おいしかったです、ありがとうございました」
「味わえたけど消化はできなかったな」
「うっぜ」

壁つたいに立ち上がって腹のぐるぐるを止めようとする。文句、言ってやりたい。クレープはおいしかったから尚更むかつく。包み紙に示されていたのが近所で一番高いお菓子屋さんの限定品だったのもむかつく。
がくんと足の感覚がなくなって、あたしは立ち上がったはずの壁沿いにまた落ちていった。




「……ん、」

目を開けたらモヒカンがいた。乗り出していたらしい身をあわてたように下げて、今更な仏頂面をつくる。よお、と笑った顔はもういつもの彼だ。

「人の見舞い食ってぶっ倒れるとかひでえな」
「え…あ、ごめん、部屋まで」
「おら、飲んどけ」

かたんと濡れたコップを示されて反射的に受け取った。逆の手にぷちぷちと出されていく、ラッパのマークの錠剤。漢方のくさい方じゃないなんて今日の明王はどうしたんだ。
倒れたあたしを運んで寝かせ、ずっとついていたらしい。あげく正露丸は年頃にうれしい糖衣錠。

「飲んだら寝ろよ、もう運ばねえからな」

薬箱をぱたんと閉めてこちらを見ずにわざとらしいため息をつく。やっと状況を把握して、申し訳なさに複雑な感情になった。

「えっと…うん、ありがと。明王がいじわるしないなんて珍しい」
「はあ? 漢方にしなかったのはお前のためなんかじゃねえし」
「なにそれひど」

反論したところでまた盛大なため息。すこし赤い頬でこちらを向き、最初のように身を乗り出す。デジャヴなのに動揺につまる息。

「俺があの匂いの女とするのがやだっただけだよ、バカ」

誰も聞いてないのに正露丸の話をして、明王は治りきっていない風邪引きの唇に噛み付いた。なにこいつツンデレ。遷ったら同じことをしてやろうかと思って、やめた。さっき起きたときの明王みたいに、あたふた心配してしまうのが目に見えているのだ。

「……糖衣錠でもクセーじゃん」
「ね」


〜20110907


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