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伊黒の結婚式から1カ月、11月中旬になって、伊黒が新婚旅行から帰ってきた。
学校に顔を出した伊黒が心底嫌そうな顔で「土産があるが少々大きい。都合のつく時に取りに来い。勘違いするなよ、かんっ…み、蜜璃が買えと言うから仕方なく買ってやっただけだ。そうでなければ何を好き好んでーーー」から始まる3分間ほどの長台詞を淀みなく述べた後、宇髄がポンと提案したのだ。

「そんじゃぁ、来週末ド派手に引っ越し祝い持って行ってやるよ。で、ついでに不死川の誕生祝で飲もうぜ、お前ん家で」

…さすがにそれは甚だしく迷惑ではないのか…?あと、この場にいない不死川の誕生日を言い訳にして(あまつさえ『ついで』とまで言って)いいのか…?
当然伊黒は激しく嫌がったがいつの間にか宇髄は通話中のスマホを掲げて見せ、通話相手の名前は甘露寺蜜璃、通話口から「とっても楽しそうねぇ!ぜひいらっしゃって!」と楽し気な声が言った。その時の伊黒の絶望的な顔たるや。



かくして迎えた当日、新居を祝われるはずの伊黒と誕生日を祝われるはずの不死川は、伊黒家の玄関で顔を合わせた途端に「本当悪ィなァ…すぐ帰っから…」「いや…お前は悪くない…」と陰鬱な顔を見合わせて慰め合っていた。宇髄を止められずに済まない。
伊黒とは対照的に楽しそうな甘露寺が無遠慮な宇髄や煉獄を招き入れ、俺と不死川と伊黒も続いた。
甘露寺(もう苗字は変わったとはいえ下の名前で呼ぶと伊黒が粘着質に怒るのでそのまま呼ぶ)の顔を見ると、先日の結婚式で相見えた彼女の親友のことが思い出された。…いや、『思い出す』というのは正確でない。あれ以来頭から離れていないので、『より強く思い浮かぶ』といったところだ。
二次会が解散した時に、宇髄が言うように本当に同じタクシーに乗って家まで送るぐらいはしても良かったのではないかと後悔はずっとしている。男性不信に陥っている女性相手にいきなり連絡先を聞くような卑劣はやらないにしても、暗かったし、送るぐらいは…。
しかしそれも後の祭りで、甘露寺に聞けば連絡先は当然知っているだろうが、教えてくれと言えば下心を暴露するも同然、親友同士の間ではすぐに彼女まで伝わってしまうだろう。

甘露寺が通してくれた先で、ダイニングテーブルの上に数々の料理と、皿と、真ん中には白い箱がひとつ。

「あっそうだわ、不死川さんお誕生日おめでとう!ミズキちゃんがケーキを作ってくれたのよ!」
「「…は?」」

は、という一言を発したのは、不死川と俺だった。気付けば口から出ていた。

「数日前にね、ミズキちゃんがお祝いを持ってきてくれたの!その時に週末不死川さんのお誕生日会を家でするのよって話したら、ケーキを作ってくれるって話になって!今朝出勤前に持ってきてくれたの〜!」

不死川が「お誕生日会って…ヤメテ…」と普段の口調を忘れて消え入りそうに悶絶している。宇髄がその様を遠目からゲラゲラ笑っている。
ダイニングテーブルのすぐそばにいた俺は、思わずその白い箱の蓋を開けた。

「おぉ」
「『おぉ』じゃねーよ何でお前が開けてんだよボッチ冨岡」
「俺はボッチじゃない」

いつの間にか背後に迫っていた宇髄に後頭部を殴られた。結構痛い。
結婚式の時と同じくさすが本職、ケーキは見事な出来だった。多分これも美味いんだろう。

「あー…連絡先聞いてもいいかァ?さすがに礼のひとつでも入れなきゃ…」

『お誕生日会』の恥ずかしさから立ち直った不死川がスマホを手に甘露寺に言うと、甘露寺は少し考えた後、気のせいでなければ俺を一瞥してから、やおら顔を輝かせ「じゃあじゃあ、みんなのトークルーム作りましょう!」と言ったのだった。
その後本当にトークルームが立ち上げられ、全員招待されて次々参加し、ケーキを囲んで撮った写真が何枚も投げ入れられた。不死川の「ありがとなァ」というメッセージも。
ただ、仕事中であろう彼女の既読は付かない。
そうして始まった伊黒と甘露寺の引っ越し祝い兼不死川の誕生日会は、伊黒には申し訳ないがやはり気心知れて楽しかった。あと、今回もケーキは非常に美味かった。

夜7時を回った辺りで受信音に気付いてスマホを見た。

(みなさまお久しぶり)
(喜んでもらえてうれしい)

「あっミズキちゃんだわ!」と甘露寺。すぐにメッセージを作ったようだった。

(お仕事終わり?電話しても大丈夫かしら)
(※OKの猫のスタンプ)

すぐさま甘露寺が電話をかけ、スピーカーにしてテーブルに置いた。

「ミズキちゃんお疲れさま!」
「ううん、写真見たよ〜ケーキ食べてくれたんだ」
「もちろんよぉ!やっぱり美味しかったわ」
「あ、不死川さんにお誕生日おめでとうって伝えてくれる?」
「止めてくれ…祝われる歳でもねェ」
「あっスピーカーなの?みなさままだ小芭内くんのとこ?」
「そうなの、ミズキちゃんも来てくれないかしらって思って電話したのよ!」
「ミズキちゃん派手に寄ってけよ〜」
「あー!最も低い宇髄さんだぁ」
「最も低いヤメロ」
「宇随が異性にだらしないのは今更だろう!」
「煉獄先生もいるー」

あはは、と彼女が電話の向こうで笑った。

「楽しそうだから行きたいのはやまやまだけど、小芭内くんすごーく嫌そうな顔してるんじゃない?」

ご明察、伊黒は『この上人が増えるのか』を表情だけで完全に表現している。が、甘露寺に見つめられるとすぐにそれを止めた。

「…そ…そんなことは、ない。来たければ来るといい…」
「やったわ!じゃあ決まりねミズキちゃん!」
「小芭内くん、蜜璃ちゃんに見つめられるとNOは言えないよね、可愛いもんね、わかる」
「ありがとう…」
「自分のご飯は買っていくからお構いなくね。何かコンビニで欲しいものあるひとー?」
「酒!ツマミ!」
「さつまいも!」
「ちょっと待って煉獄先生どういうことなの、コンビニっていう前提聞いてた?あと宇髄さんは静かにしてて」
「ソウマ、こいつらのことは無視しろォ。食いもんも残ってるので良けりゃ量はある」
「不死川先生頼りになるー!じゃあすぐお邪魔します、お誕生日とお引越しおめでと」

毎度ながら、こういう賑やかな会話の中に自然に溶け込むのは得手ではない。それでずっとスマホの近くにはいながら静観していたのだが、通話が終わりかけて突然ぽっかりと静かな間が空いたものだから、「…気を付けて来い」と、気付けば滑り込むように言っていた。「は、はいっ」と緊張した返事、通話終了の音。

「きゃぁぁぁっ!冨岡さん素敵だったわぁ!」
「!冨岡…貴様みっ蜜璃から『素敵』などと…っ」
「…それより俺は迎えに出る。電車で来るのか?」
「素敵!頑張って!」

甘露寺から返事らしい返事は返って来なかったが、バス利用であればさすがに言うだろう。上着を引っ掛けて玄関から出ると夜風が少し冷えた。
他意はない、ただ送ればよかったと後悔していたところへ舞い込んだ機会であるから、夜道を女性ひとりで歩くのは危険だから、それだけだ。多分。

駅まで歩いて電光掲示板で時間を確認し、降りてくる顔を見落とさない位置で待っていると、ひと月前に目を奪われたその人が改札を通ってくるのを発見した。その進路上に立つと彼女は不思議そうに目を上げ、二次会で甘露寺に紹介された時と同じ真ん丸な目で俺を見た。

「えっ…と、冨岡さん?ですよね、」
「そうだ」
「こんばんは…?」
「あぁ」
「…あ、帰るところ?ですか?」
「違う、迎えにきた」
「へっ、…あ、どうも、すみません」
「謝ることじゃないだろう」

他人というには近く友人には遠い微妙な間柄だ。
人から感情が乏しいと言われがちな俺の表情や声が彼女にどう受け取られたものか分からないが、彼女は俺の顔をじぃっと見上げた後でふっと笑い、「ありがとう」と言った。
それはスピーチのマイクに向かう凛とした表情でなく、甘露寺に向ける明るい表情でもなく、過去の悪い男を思い出す表情でもない、初めて見る表情だった。
会うのは2回目と付き合いがまだ浅いから、初めて見る表情が多くあるのは当然だが、とにかく、こんな顔もするのかと俺は少しの驚きを覚えたのだ。そして、もっと色々な表情を見たいとも思った。

連れ立って伊黒の家へ歩き、帰り着くと甘露寺の熱烈な歓迎を受けた。宇髄は遠目にニヤニヤしていた。律儀な不死川はケーキの礼を言い、今度は二次会の時よりも親しんだ口調でケーキの感想を言って盛り上がっていた。煉獄はわんこそばの如く食べ物を次々彼女に勧めるので「煉獄さん、私フードファイターじゃないんで」と軽く怒られていた。
自分の慣れ親しんだ連中の中に彼女が馴染んで楽しげにしているというのは何とも不思議で、しかしとても心の温まる光景だった。

ある時甘露寺が席を外した機を見て、彼女がそわそわと急いで口を開いた。

「先日の二次会の折はほんっとうに申し訳ありませんでした…!」

全員が全員何を謝罪されているものか分からずポカンとしていると、彼女が反省の内容を話し始めた。

「だって初対面でいきなり愚痴で、しかも親友の結婚式の二次会で最低な新郎の話とか、みなさん男性なのに『男のひとは信用ならない』みたいなことも言った気がするし」
「俺のこと最も低いって言うしな」
「それはあんまり後悔してないんですけど」
「おい」
「君の経験からすれば仕方のないことだ!気に病むことはない!」
「煉獄先生ぇぇ…」
「スピーチで喚き散らしたんじゃねェし、内輪で愚痴るぐらい気にすんな」
「不死川先生ぇぇ…」
「全員が気にしていないのだからグズグズと腐るのはやめろ気分が悪い。みっ蜜璃が戻るまでに表情を引き締めておけ」
「ありがとう、あと小芭内くん長台詞でも一切噛まないのに蜜璃ちゃんの名前呼びだけ照れてどもっちゃうの可愛いと思ってる」

会話がひと段落したのを眺めていると隣から宇髄が「何か言えよ熊の木彫りかオメーは」と 俺の肩を小突いた。熊の木彫りとは。
ともかく彼女の目が俺に向いたので何か言葉を掛けるべく言葉を探したのだが、やはり既に他が言った言葉しか見付からなかった。だから「特にない」と言ったのだが、再び宇髄に殴られる結果になった。今度は頭を。

「悪いねミズキちゃん、コイツ口下手だけど悪い奴じゃないかもしれねーのよ」
「断定してあげてくださいよそこは」
「まぁ冨岡も何ら気にしていないということだ!それよりも、男性が苦手であればこのように男ばかりの場は不快ではないか?」

煉獄の言葉に、彼女はにっこりと笑った。

「それはまるっきり大丈夫です。私のことを恋愛対象にしてない人が相手だと安心していられるっていうか」

つい先程宇髄に頭を殴られたよりも強い衝撃ががつんと脳天に来た。それに内心打ち震えている間に、いつの間にか戻ってきていた甘露寺が戸口で気の毒そうに俺を見ていた。
このようにして俺は彼女に歩み寄る足を厚い壁に阻まれたのだった。

せめて前回と同じ後悔はすまいと、全員で伊黒宅を出た後は彼女を自宅まで送ると申し出て歩き出したのは良いが、中々にこれも苦行だった。
先程までの飲み会が余程楽しかったのか、にこにこと上機嫌に話す様はとても愛らしいのだが、下心を察知された瞬間心の壁を作られてしまうに違いない。俺はこの時ほど『感情が分かりにくい』と言われ続けた自分の性質を有難く思ったことはなかった。
彼女は相変わらずにこにことしている。

「私嬉しかったんですよ」
「…何がだ」
「冨岡さんが、二次会で言ってくれたこと。『ケーキとスピーチで人柄は分かった。胸を張っていればいい』って」
「思ったことを言っただけだ」
「お世辞とか社交辞令とか言いそうにないタイプだから、よけいに」
「そうか」
「それはもう」

隣から俺を見上げて笑う様には心を打つものがあって、思わず手を伸ばしてしまいそうにすらなった。しかし、一歩セキュリティ範囲に踏み込んだが最後、地面から鋭い棘が無数に飛び出してきて俺の足を串刺しにする様を想像した。
彼女にしてみれば、恐らく親友の出身校の教師であるというのも手伝って、まさか俺が自分に対して恋愛感情を抱きつつあるとは思いもしないのだろう。

俺は、諦めるか時間をかけるかの二択を無言の内に天秤にかけ、隣の彼女の笑顔を見、浅く溜息を吐いた。

「…時間をかける」
「うん?何の話です?」
「いずれ話す」
「ふぅん」

想いが実った暁に。


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