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同僚であり友人の伊黒が、卒業生の甘露寺蜜璃と結婚する運びとなり、今日、いま、結婚式の会場で、伊黒以外の同僚たちとクロスの掛かった丸テーブルを囲んでいる。
俺は喋りながら食べるという器用な真似は出来ないが、同じテーブルを囲む煉獄や宇髄が充分喋るので、これといって言葉を発する必要も感じない。
高砂の伊黒は隣の新婦を見ては目を細めているし、新婦の甘露寺のことも知らない仲ではないからして、心からの祝福で頬を緩ませていると隣の不死川から「口の周り拭け阿呆、あとキメェ」と指摘された。心外だ。結婚式の席で祝意を示して何が悪いことがあろうか。

式次に沿って事は進み、ワゴンに乗ってウェディングケーキが運ばれてくると、甘露寺が両手で口元を覆って目を潤ませた。
伊黒と甘露寺の背後でスクリーンにケーキが映し出されると、成程美しくて見事なケーキだった。俺は菓子に詳しい方ではないが、とにかく、腕のいい人間が手間も時間も惜しまず心血注いで作り上げたのだろうということは分かる。丹精されたものだけが持つ『格』のようなものが、そのケーキには備わっていた。

通常ならばケーキカットに移る流れだが、司会が友人代表のスピーチだと告げると照明が落とされ、マイクスタンドの前に1人の女性が歩み出て頭を下げた。
ところどころに汚れのある白い調理着で、見るからに従業員という風貌だった。年の頃は甘露寺と同じくらいだろうか。司会者の紹介によると甘露寺の製菓学校時代からの親友で、このホテルに勤め、今回の見事なウェディングケーキを作り上げた人間なのだという。
礼から顔を上げたその女性に、遠目ながら目が釘付けになった。

「伊黒さん、蜜璃ちゃん、この度は本当におめでとうございます。こんな汚れた作業着で華やかな席に出てしまってごめんなさいね。
蜜璃ちゃんは私のいちばん大切な友達だから、その友達の大切で特別なケーキを作らせてもらえたこと、心から嬉しく思います。そして蜜璃ちゃんの旦那様になるひとが、伊黒さんで本当によかった。伊黒さんの話をする蜜璃ちゃんはいつも嬉しそうに輝いていたから、必ずふたりが幸せになってくれると確信しています。
今日のケーキを作らせてもらえることになったとき、本当に嬉しくって、その夜はどんなケーキにしようって楽しくなって眠れなかったくらい。考え抜いて、出来ることは全部やったと胸を張れます。特別な蜜璃ちゃんの特別なケーキだと思わなければ作れなかった。ありがとう蜜璃ちゃん、幸せになってね」

美しかった。
それは単に容姿が整っているという類の話ではなく(もちろん顔貌も美しいとは思ったが)、全身全霊を尽くした充実感や友人に向ける慈愛に満ちた目が、例えようもなく美しかった。
その女性のスピーチが終わって一拍空くと、口元を手で覆ってた甘露寺がザバザバと泣き崩れてその女性に抱き着いた。「こんな綺麗なケーキ切れないよぉぉぉ!!」と絶叫さえして。
抱き着かれた彼女は笑って甘露寺を受け止め、背中を叩いてやりながら、「切らなきゃ食べられないよ」と言って目尻を指で拭う仕草を見せた。

俺はというとその女性が退場した後も頭から彼女のことが離れず、そういえば司会の言っていた彼女の名前を聞き逃したことに気付き、急ぎ席次表を見ても従業員の彼女の名前は記載されているはずもなく、心残りに思う自分に戸惑いながら式の続きに身を委ねたのだった。

その後切り分けられてテーブルに配られたウェディングケーキは非常に美味しかった。
甘露寺の好みに合わせて和菓子の要素を取り入れたそのケーキは不死川の琴線にも触れたらしく、無言で食べ進める様子を見つつ、以後他のケーキは食べられなくなりそうだと思ったほどだった。
現に後から出されたデザートには手をつける気になれず、招待客に配っても尚余るウェディングケーキをもりもり頬張る甘露寺とそれを暖かく見守る伊黒を眺めて過ごしたのだった。実際、出された料理を全て平らげた煉獄が「ウェディングケーキの方が美味かったな!」と述べていたので、最後のデザートを食べない判断は間違っていなかったようだ。

元々そう甘いものが好きなわけでもなく、女性に興味を持ったことだって無いに等しいくせに、俺は今日、友人の結婚式の友人スピーチ数分の間に、ケーキひとつと女性ひとりに心を奪われてしまった。
式が終わり、二次会の店へ移動するバスを待つロビーで、突如後ろ首に衝撃が走った。何かと思えば宇髄が肩を組んできたのだった。

「冨岡よぉ、派手に一目惚れか?」

にやにやとその端麗な顔を俗っぽく緩めて、宇髄は大して声を落としもせずに言った。
俺はというと、その一目惚れという単語を否定するには心当たりがありすぎたし、肯定するには心の整理もつけられていなかったから、結果的に眉を寄せてぶっきらぼうに「何の話だ」と言うしか出来なかった。

「スッ呆けんなよ、ミズキちゃんに釘付けだったじゃねーか」

そこで初めて彼女の名前を知った。そうか、ミズキというのか。ミズキ、ミズキ、と頭の中で音にして噛みしめていると、隣の煉獄が声を上げて笑った。

「うむ!スピーチを聞く限り真心のあるいい人間だった!ケーキも美味かった!」
「派手に美人だったしな」

快活に笑う煉獄はいささか声量の調節が適切でなく、ロビーにいる他の人間がちらちらとこちらを見ている。もっとも、未婚女性の一群が見ているのは宇髄や煉獄や不死川の顔という部分もあったが。

「色恋に口出しはしねェがよォ、甘露寺の親友にちょっかい出したとなりゃ伊黒がうるせェに決まってんだ、慎め」

不死川の指摘は尤もだった。
しかしながら俺は何も不埒な気持ちで近付こうとしているのではない…というよりも、違う、親友への想いのこもったスピーチに心を打たれただけだ。話を勝手に加速させて、常時混雑する交差点のような猥雑なところに投げ入れてしまったのは宇髄だ。心外だ。そう、心外なのだ。
そうこうしている内にバスが到着し、新郎新婦の親族以外のほとんどがぞろぞろと乗り込んで、二次会の会場へと揺られたのだった。



「冨岡さん!二次会にはミズキちゃんも来てくれることになってるの!頑張ってね!」

一体俺は何を応援されているのか、と甘露寺の耳打ちを聞きながら気の遠くなる思いがした。
というか、誰から何を聞いたんだ、と思っていると、少し離れたところから宇髄がにやけた顔で俺に向かって親指を立てているのを発見した。主犯は間違いなくあれだ。

二次会とあって甘露寺は動きやすいワンピースに着替えて、友人たちのテーブルをあれこれ渡り歩いている中で、突然ワクワクと輝く顔で俺に歩み寄ってきたと思えば先程の耳打ちだった。同じテーブルに腰を落ち着けている伊黒の視線が刺さる。違う誤解だ、と言いかけたのは、甘露寺と接近していることを伊黒に弁解したかったものか、お前の親友に懸想しているわけじゃないと甘露寺に弁解したかったものか、自分でも判然としない。

丁度その時店員に連れられて、美しい装いにかわった親友その人が会場入りし、甘露寺を発見するや駆け寄ってきて意図せず至近距離にまで近付くことになった。

「蜜璃ちゃん!蜜璃ちゃん!おめでとう!大好き!」
「ミズキちゃぁぁん!私も大好きよぉ!!」

数年越しの再会と見紛うばかりの熱い抱擁を交わす親友同士から一歩後ずさって場所を譲ると、甘露寺が「あっ!」と声を上げて親友の両肩を掴んだ。

「ミズキちゃん、紹介するわね!私の母校の先生で、冨岡さん!とってもえっと………厳しっあ、真っ直ぐ!そう、真っ直ぐな人よ!」

この時俺は甘露寺の在学中に何度も彼女の髪色を厳しく指摘したことを激しく後悔した。
地毛だと言っていたのに悪かった。あと宇髄、こっちを指さして笑うな。
紹介を受けた彼女はぽかんとしてそのまん丸い目で俺を見てたが、ややあって微笑むと俺に手を差し出した。

「ソウマミズキです。どうぞよろしく」
「…冨岡義勇だ」

握った手は、水仕事に少し荒れていたが、小さく柔らかかった。

そのまま彼女は甘露寺の手で俺達のテーブルを囲むソファに強引に座らされ(「えっこういうのって席決まってるんじゃないの?」「いいから、ミズキちゃんの席はここなの!」の遣り取り)、気遣いの出来る不死川がドリンクメニューを渡してやればカクテルを注文して、何となくそのまま一緒に酒を飲む運びになった。
こんな時、よく気が付く不死川の性分を羨ましく思う。口が達者で盛り上げるのが上手い宇髄も、闊達で気持ちのいい態度の煉獄も、口下手で気の利かない俺などより余程女性に好かれるに違いない。
今日のケーキの味にいたく感動したらしい不死川は素っ気ない口調ながら彼女との会話を弾ませていたし、煉獄は「実に良いスピーチだった!」と教師らしい態度で接していた。その内にアルコールが回って彼女がすこしくったりとし始めた。そういえば、式で一通りの食事をしてきた自分達とは違い、彼女は仕事終わりの空きっ腹に酒が入ったはずだ。

「…今更かもしれないが、何か腹に入れた方がいい。オレンジジュースもアルコールの分解にいい」

俺がフードメニューを手渡すと、彼女は少々驚いたようだった。長い睫毛の横顔がメニューを一巡してから俺を見た。

「冨岡さん、何か頼まれますか?」
「…俺はいい。式でさんざん飲み食いした」
「それもそうですよね」

ふっと彼女が笑って店員を呼ぼうと小さく手と声を上げたのだが、喧噪に負けて1人目の店員は去ってしまった。そこで煉獄が腹からひと声「御免下さい!」と発すると3人来た。彼女は笑った。

「さっき担当教科を、煉獄さんが歴史で冨岡さんが体育だって聞きましたけど、逆じゃないです?」
「逆ではない!俺が歴史で冨岡が体育だ!」
「不思議だなぁ、声の出し方とか、体育の先生ですよ完全に」

彼女がくすくすと笑った。
そもそも普段あまり人と飲食を共にすることがないし、その上、アルコールの入った女性の笑い方は苦手に感じることが多かった。男同士ならば放っておけばいいと分かるものが、女性だと捨て置くわけにもいかず、さりとて酔って感情の振れ幅が大きくなった笑い方を扱いかねてしまうのだ。
それでも、今日隣でほろ酔ってふわふわと話す彼女のことは、不思議と苦手に思うことがなかった。穏やかで柔らかい酔い方だった。
「ところでよぉ」と宇髄が頬杖の上から言った。

「口下手野郎が聞けねぇみたいだから俺が言うけど、ミズキちゃん彼氏いねーの?」

確かにグラスを上げ下ろしする彼女の手に指輪がないことは見て確認済みだったが、職業柄外しているだけかもしれないし、いやだからそもそも俺はそんな不埒な想いは抱いていない、とは口に出さないが。答えは聞けるなら聞いておく。
ちらと隣の彼女を見ると、先程までの上品な酔い方から変わってムスッとその美しい口元を尖らせていた。

「いないですし、いらないっ」
「へぇ、派手に勿体ねぇな」
「勿体なくないっ」
「おーおーどうした?天元お兄さんに話してみ?」

「天元オジサンの間違いだろォ」と不死川、「ウッセェ甘味狂い」と宇髄。

声を発するとしたら『むー…』という具合の彼女に、煉獄が穏やかに笑いかけて「嫌でなければ話してみてくれ」とまた教師然とした態度で促した。
アルコールも手伝って彼女がぽつりぽつりと話し始めた内容は中々に気の毒なものだった。

今までに告白されて付き合った3人には『自分には今仕事(学生時代には夢)が一番だから』と先に伝えて相手も了承していたはずが、付き合って半年もすると『思ったのと違う』と相手から去っていくことばかりだったらしい。
そんな折、勤め先のホテルに予約の入った結婚式でウェディングケーキを担当することになり、新郎新婦との打ち合わせに参加する内、新郎予定の男から徐々に個別での打ち合わせを打診されることが増えていったそうだ。初めの内は新婦へのサプライズだろうかと快く応じていたものの、食事に誘われた辺りで不穏な空気を察して断ったらしいが、一連の新郎の振る舞いが露見して新婦が激怒、かなり打合せの進んでいた式がキャンセルになって、上司からこっ酷く叱られたとのことだった。

「そりゃァクズ野郎もいいとこだなァ過去の男も含めて」
「そうです!ふつう!これから結婚しようってひとが!式場のスタッフにモーションかけますか!奥さんになるひとに悪いっておもわないの!」
「うむ!君は何も悪くない!」
「ありがとう先生!」
「ド派手に災難だったなー。美人も辛いねぇ」
「ありがとう先生!あと『思ったのと違う』ってなに、仕事優先するって最初に言ったのに!」

口々に彼女の過去の男や非常識な新郎を罵るテーブルへ、女友達との会話を終えた甘露寺が近寄ってくると、彼女はやおら立ち上がって甘露寺に駆け寄りそのまま抱き着いた。

「蜜璃ちゃぁぁん」
「わっ、どうしたのミズキちゃん!?」

宇髄が「こいつの男遍歴とクズ新郎の話聞いたとこ」と口添えすると、甘露寺もすぐに得心がいったようだった。

「あの件は最低だったわね!ミズキちゃんは何も悪くないわ!」
「蜜璃ちゃん好き、もう私蜜璃ちゃんと伊黒さんちの使用人になる。毎日ケーキ作って待ってるからぁ」
「それはちょっぴり心惹かれるわぁ!」

甘露寺の隣で伊黒が「勘弁してくれ…」とげっそり呟いた。甘露寺の女友達に揉みくちゃにされてきたようだった。
甘露寺は親友を元のソファ(つまり俺の隣)に戻し、肩を抱いて逆隣へ座った。

「男のひとなんて信用できないもん、私ケーキと蜜璃ちゃんと結婚する」
「傷心のとこ悪いけどな、食品との結婚も同性婚も多重婚も日本じゃ無理だぜ」
「うずいさん静かにしててっ」
「追い打ちかけるがなァ、宇髄のクソは女が3人いんだぜェ」
「なっなんてこと…!最も低い…!」
「最も低いってやめろコラ」

全員が多少酔っていることも手伝って、このひとしきりのじゃれ合いは全員の笑い声で終わりになった。突然3股を暴露・非難された宇髄はそれも大して気に留めた風もなく笑って、俺の方を見たと思えば出し抜けに「冨岡ぁ」と俺を名指しした。

「最後に喋ったの何年前?目ぇ開けて寝てんじゃねーなら何か言ってやれ」
「…俺は寝てない」

隣で甘露寺の肩から顔を上げた目が俺を見た。

「…ケーキとスピーチで人柄は分かった。胸を張っていればいい」

彼女が目を見開いて口をはくはくとさせた後、アルコールのためか僅かに赤い顔で礼を言ってくれたのだった。
その後彼女は辛かった思い出を吐き出してすっきりしたのか、元の大人しい酔い方に戻り、
二次会が終わるまで先程頼んだオレンジジュースをちびちび飲んでいた。
二次会が終わり解散していく中、彼女に聞けばタクシーで帰るというので、丁度迎えに来た1台を譲って「気を付けて帰れ」と送り出した。彼女の乗ったタクシーが発車して小さくなっていき角を曲がって見えなくなるまで見守っていると、後から出てきた宇髄が「あれぇ、ミズキちゃんは?」と聞くので今し方タクシーに乗せて帰した旨を伝えた。

「はぁぁぁぁ!!?お前バッカじゃねーの!?送ってけよ、タクシーの中で連絡先聞いてあわよくば『お茶でも飲んでいきます?』な流れだろーがよ!!」
「…俺はお前とは違う」

同じタクシーに乗ったとて宇髄のように自然な流れで連絡先を聞き出すことなんて俺に出来るはずがないし、いやそもそもそんな不埒な下心でもって彼女に近付きたいのではないと何度言えば分かってくれるのか。勿論近付きたくないと言っているのではないが。
宇髄は肺を折り畳むつもりかというほど深く溜息を吐いた。

「もういいわボケ、俺が連絡先聞く」
「…それは許さん」
「面倒くせっ」


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