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数日後にはソウマからシャッターの絵の図案が渡され(ご丁寧に店全体を含めた絵で3種類)、お袋に見せると「全部描いてほしいくらい!」と目を輝かせた。
家族会議(夕飯の席)で話し合われた末その図案の中からひとつ選ばれて、翌日には「じゃあ、これから平日の閉店後に伺います。2週間ほどで仕上げます」と美術準備室から店の電話にかけてソウマとお袋が話していた。
…何やら思いもよらない方向に話が進んでいる。

「…なァ、本当にやんのか」
「やるよ、大きいキャンバスは久しぶりだから楽しみだなぁ」

お袋との電話を終えたソウマに念押ししてみたが、本人はすっかりその気のようで、楽しそうにニコニコしている。

「そういえば、お店の閉まる時間、学校から帰るのに丁度いいよね?不死川くん車に乗ってく?」
「…俺はバイトあるんで」
「そっか」

ソウマは読めない笑顔のまま、それきり何も言わなかった。

そして本当にその夕方から、ソウマはウチのシャッターに絵を描き始めた。俺がバイトを終えて帰るとソウマは気付いて笑いかけた。「おかえり」と言われて妙に気恥ずかしく、会釈だけ返して勝手口から家に入った。
下のチビ達はもう寝る準備をして寝巻姿で、俺の足に纏わりついてきた。

「いい子にしてたかァ?」
「してたー!」
「見て見て実弥にぃ、ミズキちゃんに描いてもらったのー」
「ハァ?」
「上がってご飯食べてもらったのよ。そのときにね」

「それにしても綺麗な子よねぇ、気立もいいし、お嫁に来てくれないかしら」とお袋は就也の寝巻きのボタンを留めてやりながらウットリした様子で言った。
待て待て待てないないない。
弘や寿美の差し出した紙を見ると似顔絵で、やっぱり見事に妹や弟の姿が描いてあった。
俺はテーブルの上でラップを被っていた夕飯を温めて掻き込んで、チビ達の寝かしつけに行くお袋へ「ちょっと出てくらァ」と声を掛けてまた勝手口から出た。
ソウマはペンキの缶やら筆を片付けているところで、俺に気付くと顔を上げた。

「…ドーモ」
「バイトお疲れさま、あと、遅くまでお邪魔しました」

またニッコリ笑った。
お袋の「本当に綺麗な子」という言葉が頭を過って、「まぁ、確かに」と思う程度には綺麗な笑顔だった。

「朝には触っても大丈夫だから、それじゃ」
「…待て」
「うん?」
「送ってく」

自宅の落書きを消してもらって、チビ達の相手をしてもらって、この時間に女がひとりで歩いて帰るのを黙って見送るほど、俺はクズじゃない。
ソウマは目をパチクリしたあとでまた笑って、「ありがとう」と言った。
とりあえず、以前に姿を見られた公園に向けて並んで歩き始めた。

「紳士だねぇ、モテるでしょ」
「それなり」
「それはモテる人の言い方」
「ビビられる方が多い」
「どうしてかなぁ」
「見りゃ分かんだろォ、傷と目付き」
「そうかなぁ、優しくて綺麗な目と思うし、傷は本人のせいじゃない」

何とも奥歯の浮くような気持ちがしたけど、不思議と不快ではなかった。

「…アンタに綺麗って言われてもなァ」
「まぁお腹は膨れないよねぇ」

あはは、とソウマは笑った。そういう意味じゃねェとは敢えて訂正しなかった。
深夜ってほどの時間じゃないにしても、住宅街に人の姿は見当たらない。俺とソウマの足音だけがやたらに響いた。
「絵を描くときにはね」とソウマが切り出した。

「描くよりも見ることが大事なんだよ」
「…ハァ?」
「よく観察すること。どんな癖があるとか、何が好きとか、どんな気持ちでいるとか。寿美ちゃんはしっかり者だけど、本当はもうちょっと甘えたい。お母さんは下の子たちで忙しいから我慢してて、だからお兄ちゃんと出かけたりするとオネダリしたりするんじゃないかな。弘くんはワガママ放題言ってるフリして周りをよく見てる。寿美ちゃんが甘えを我慢してるのも気付いてる。だからワガママにかこつけてお母さんと寿美ちゃんを引き合わせたりする。私はそれを描いたんだよ」

ぐうの音も出ない図星で、メシを食う間だけでそれを見たのかと感服した。絵の成り立ちを聞かされてみると、似てるのは当然という気がした。見てくれをなぞっただけじゃなく、人を紙の中に閉じ込めている。
ソウマはゆるく笑った。

「で、実弥お兄ちゃんは優しくて、真面目で、責任感が強すぎるところがあって、自分が守らなくちゃって思ってる。お母さん想い、下の子たち想い、自分のことは二の次」
「…ンな大層なモンじゃねェ、必要に駆られただけだ」
「君の目は優しくて綺麗だよ、私が保証する」

「じゃあもうここだから、ありがとうね」とソウマは手を振ってマンションのエントランスに入っていった。気付けば公園横のマンションの前に立っていて、ガラス戸が両側からソウマの背中を遮ったところだった。
俺は何故かそのまま足を動かすことができずにソウマがエレベーターに乗るのを眺めていた。エレベーターの箱に乗ったソウマが、俺がまだ突っ立っているのを発見して少し目を丸くして、手を振った。「おやすみ」とその口が動くのを見た。


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