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俺の親父に当たる男は、クソ野郎の具体例として辞書に載せてもいいようなクズだった。
気に食わないことがある度暴れて、時には刃物も持ち出して、特に俺や次男の玄弥に当たり散らした。俺も玄弥も顔を大きな傷が横切っていて、初対面の人間はまず顔を引き攣らせる。
そんなナリをしてるもんで、大人しくしてようがお構いなしにガラの悪い連中から喧嘩を売られる。それが面倒で、バイトを探すときも接客業はまず除外、人と顔を合わせることの少ない裏方を条件にして、今は運送屋の倉庫で荷物の積み込みに落ち着いている。
それなのに、こちらがどんなに息を潜めて泥に潜ってイイコで暮らしていようと、面倒はあちらから寄って来るらしい。

自宅兼店舗のシャッターには赤いスプレーで、チビ達には見せられない言葉が書き殴られていた。
土曜の朝から警察を呼んで状況の説明やら何やら慌ただしくしていた。当然店は開けられない。

「…ごめんなァ、お袋、俺がどっかで恨み買ってきたせいだ」

警察がシャッターの写真を撮ってるのを側で見ながら俺が言うと、お袋は「何言ってんの」と腰に手を当てた。

「実弥のせいじゃないよ」

お袋はカラカラと笑って、背伸びをして俺の頭を撫で回した。
背丈は小さいのに、胆力のある人だ。お袋がチビ達の世話のために家に入った後も、俺は汚されたシャッターを睨み続けていた。

「…これ」

突然横から声がして見ると、美術の代打教員の、…あれだ、ソウマミズキ、がいた。学校の外で見ると一瞬分からなかった。

「…店なら今日休みっスよ」
「だろうね」
「悪いけど忙しいんで」
「消してもいいかな、私」

シャッターに向かって並んで立ってるせいで、その表情はあまり見えない。
それでもソウマが「こんなの、美しくない」と言ったときその綺麗な鼻梁に皺を寄せたのを、少し意外に思いながら眺めた。

…というか、いや、勿論シャッター塗らねェとなァとは思ってたが、消すって、何でアンタが。と思ってるところへ「お店の代表はお父さま?お母さま?」と聞かれて、咄嗟に「クソ親父はいねェ、お袋の店だ」と要らん情報を乗せて返してしまった。
ソウマはちゃっちゃと警察に「もう消していいですよね?」と確認してシャッターを持ち上げ、中に向かって声を掛けていた。出てきたお袋はソウマと話す内に先日もらった絵を描いた美術教員だと気付いて一気に気を許してしまい、その場で話がまとまった。
ソウマは「ペンキと刷毛取ってきます」と足取り軽く去っていって、本当にすぐ帰ってきた。所々絵の具のついた白いツナギ姿で。俺はお袋の言いつけでソウマに脚立を出した。

「…なァ、本当にやんのか」
「やるよ」
「アンタに関係ねェだろ」
「うん、ごめんね」
「そーじゃなくてよォ」
「こんな言葉、小さい子たちに見せるべきじゃない。長く放置するだけ傷付く」

ソウマは脚立に足をかけながら「こんなの美しくない」とまた言った。
正直言う内容はド正論で、日々チビ達が目にする自宅の正面を一刻も早くどうにかすべきなのは間違いない。
「ありがとうございます」と俺が言うとソウマは少し驚いたようで、脚立の上から丸い目で俺を見た。瞬きのあと、ニッコリ笑った。

「いいよ、優しいお兄ちゃん」

手早くシャッターを白く塗って、「今日は下塗りだけ、また図案作ってお渡ししますってお母さまに伝えてね」とソウマは帰って行った。
そこへお袋がおにぎりを持って出てきて、ソウマが帰ってしまったのを残念がった。

「まぁ、綺麗に塗ってくださって。ありがたいねぇ」
「…そーだなァ」
「本当にいい人ね」
「…まぁ、そうか」
「そうよ。あと、何処かでお会いしたことないかしら。実弥覚えはない?」

「あるわけねェや」と答えるとお袋は「そうよねぇ」と笑ったが、しばらくウンウン唸って思い出そうと頑張っていた。
会ってれば、あんな美人なら覚えてんだろォ。俺は行き場のなくなったおにぎりを食べて家に入った。
そういやソウマは俺の顔の傷にビビらねェな、と思いながら。

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