後日譚4

2人でテレビを見てる時に結婚情報誌のCMが流れてきて、その途端にミズキがチャンネルを切り替えた。
別段目当ての番組もなくダラダラと流し見してたのだから、取り立てて不自然という訳じゃなかったが。少々気になってミズキの横顔をチラッと盗み見たが、違和感があるようにも自然なようにも見えて判断はつかなかった。

結婚したくないんだろうか、と考えた。ミズキの父親のことを考えれば、結婚というものに良いイメージを持てないとしてもおかしくないし、第一俺だって似たようなもんだ。それでも俺は遠くない将来ミズキと結婚したかった。いや、したい。普通逆じゃねェのかこれは?
就職したばっかりで金がないから、胸張って養ってやるとも言えないのが情けない。弟や妹が多いから実家にも金を入れたいし…と考えると、益々結婚の二文字が遠のく気がした。例えば5年間必死こいて金を貯めて(今も貯めてるが)、その頃には玄弥が志望の専門学校出て就職して、寿美も製菓の専門行くって言ってたから後は弘、こと、貞子、就也…改めて考えると先は長い。じゃない、5年あればある程度の金は出来る。でもその時俺は20代半ばでもミズキは30になる。俺が気にしなくても女の方が年齢については気にするだろう。
年齢がミズキと逆ならどんなにいいか、と考えかけて、やめた。詮方ない。
あるいはそもそもミズキに結婚願望がなくて、気楽な独身でいたいとか言われた日にはどうすりゃいいんだ、別れる選択肢は存在しないが。

悶々と考えてる内に夜のニュースが始まって、若者の晩婚化についてキャスターがしゃべり始めた。その話題今はやめろデリケートなんだこの野郎。
ミズキはまたチャンネルを変えた。




結婚情報誌のCMが流れてきたとき咄嗟にチャンネルを変えてしまって、意識しすぎ?不自然に思われた?と不安になったけど戻すこともできなくなってそのままにした。
チラッと盗み見た実弥くんの横顔は、何か深刻なようでも、ごく普段通りのようでもあって、結局判断はつかなかった。

20代に入ったばかり、就職したばかりの実弥くんに結婚について考えさせるのは、あまりにも酷だろうと思う。
元々責任感の強すぎるお兄ちゃん気質の実弥くんは、実家への仕送りも続けているし、生活の大半を私の部屋に移したからと家賃も折半してくれている。内緒でそのお金は貯めてあるのだけど、言ったら怒られそう。
例えば数年経って、30歳前後になった私の責任を取るような形で結婚を切り出されたら、そのとき私はそれを喜んでもいいのかな。実弥くんはそうしそうな気がする。
責任感が強すぎて自分のことは二の次にしてしまう優しい人を、私は隣で見ていて、彼が後回しにした彼自身のことを順々にやってあげたいのだけれど、それは実弥くんにとって新たな責任を負うことになってしまわないかな。
でも別れたくない、大好き、って、既にこれは重い女になっちゃってないか…と、ぐるぐる考えていると、テレビ画面で夜のニュースが始まって、若者の晩婚化についてキャスターさんが話し始めた。今その話やめてデリケートだから。
不自然にならないことを祈りながらまたチャンネルを変えた。





土曜日には10時から12時までの時間帯で絵画教室が入るから、終わってから実弥くんとご飯に行く約束だった。
(終わったよ)(すぐ行く)のメッセージが往復してから階段を降りて、同じ建物1階の本屋さんで待ついつものコース。興味を引かれる本はないかと本棚の列を流し見ていると、「もしかしてミズキちゃん?」と声を掛けられた。
見ると、少し年上っぽい男性、さらによく見ると、高校・大学が一緒の先輩だった。

「長崎先輩ですよね、わ、お久しぶりです!」
「本当久しぶりだね。大分さんから聞いたよ、回顧展1枚ミズキちゃんの模写だったんでしょ?」
「奥様も無茶なことを」
「バレてないのがすごいよねぇ。ま、俺も行ったけど分かんなかった」
「先生にどやされますよ」

あはは、と2人で笑っていると、先輩の薬指の指輪に気が付いた。
「ご結婚なさったんですね」とお祝いの言葉を投げ掛けると、先輩は照れくさそうに幸せそうにまなじりを下げた。

「まぁデキ婚なんだけどね」
「じゃあもうお子さんも?」
「今半年。女の子なんだよぉ可愛くってさぁ、仕事行くのが辛いんだよぉ」
「写真見たいです!」
「見る?びっくりするよ可愛くて!」

デレッデレになる先輩を微笑ましく思いつつ、差し出された端末の画面を一緒に覗き込んだ。写真の赤ちゃんはピンクのロンパースにくるまれて、タオル地のウサギと一緒にすやすや眠っていた。世界を救うくらい可愛い。
しばらく先輩と一緒になって可愛い可愛いと連呼して、娘自慢が止まらなくなった先輩の肩に顔を寄せて天使ちゃんの写真を次々見せてもらった。
その時ぐっと後ろから腕を掴まれて、見るととても苛立った表情の実弥くんだった。迎えに来てもらったのに探させてしまった?「さね」まで私が言うより早く腕が引かれて、実弥くんが歩き出してしまう。気のせいと思いたいけど先輩に鋭い一瞥を向けまでして。

「っ先輩、すみません!大分さんに番号聞いてください!またご連絡します!」

幸い先輩はにこやかな表情を崩さず手を振ってくれた。
私の腕を引く手が一層強くなって「いたいよ」と言うと、実弥くんはやっと立ち止まって小さく謝った。




「高校と大学が一緒だった長崎先輩。既婚者だし、生後半年の赤ちゃんが可愛くって仕方ないって、写真見せてもらってたの」
「…だから悪かったって」

決めていたお店にひとまず入って席に落ち着くと実弥くんは冷静になったらしく、目に見えてしゅんとしていた。
浮気の誤解を残さないように事の顛末を話すと、ぐっと奥歯を食いしばるような顔になった。

「…考えるか、そういうこと」

一瞬何のことかと分からなくて実弥くんを見て、遅れて考えが追い付いた。結婚とか、赤ちゃんとか、そういうことを言っているんだ、この人は。
数日前の頭の堂々巡りが蘇って何を言えばいいか分からなくなった。分からなくなった結果、とにかく重い女と思われたくない気持ちが前に出た。

「え、と、いいよ、私、そういうのは」

丁度店員さんが注文を取りに来てくれて話が途切れたのは、私には有難かった。実弥くんは不機嫌な顔になってしまって、でもその理由が私には分からない。
楽しみにしてた外食なのに何を頼んだのかもあまり覚えてない。注文を取り終えた店員さんが去るのを引き留めたい気持ちになったのは生まれて初めてだった。

「俺はしたい」

思わず呆けて実弥くんの顔をまじまじと見ていると、実弥くんの口が「結婚」と言った。
「え、」が辛うじて私の口から出た。

「働き始めたばっかの下っ端で金はねェしチビ達の学費に仕送りするし迷惑掛けるけどな、絶対手放してやらねェから覚悟しろよ」

言う内容はともすればプロポーズなのに、なんでそんな勝負みたいな顔してるの。
私がポカンとしていると実弥くんは沈黙に耐えかねたのか「何か言ってくれ」と歯でも痛むかのような顔で言った。「いいの?」と私は言った。

「これから下の子たちが大きくなったら、やっと自分の好きに生きられるようになるのに、結婚なんてしちゃって、いいの?」
「…」
「私に対して責任感じてたりするなら、いいの。孫を見せろって言う親もいないし、だから年齢の焦りとか、ないの」
「…」
「実弥くん、もう、いいんだよ。今まで年齢不相応に責任ばっかり取ってきたんだもん」

私がひとしきり喋り終えると、黙って聞いてくれていた実弥くんが深く重く息を吐いた。

「…言いたいことはそれで全部か?」

怒っている、ということだけ分かる。いや、違う、少し悲しそう。

「で、俺はフラれたのか?」
「え?えっと、」
「俺は結婚したい。責任取るために自分を殺した覚えもねェ。ミズキが俺と結婚したくねェなら頷くまで毎日口説くからな」

優しいひと。
泣きたくなるくらいに優しいひと。
あと、私のことを心から好きでいてくれるひと。
私が首を振ると、実弥くんは「それ、どっちの意味だ」と不安そうにした。

「大好きってこと」
「…そりゃ良かった」

2人で笑い合ったところへ注文した料理が運ばれてきて、私の前に置かれたのはいつもなら頼まないはずの辛いパスタだった。よく確認しないで頼んだ数分前の自分を責めていたら「やっぱな」と言いつつ実弥くんがお皿を交換してくれた。
全く、どちらが年上だか分かったものじゃないし、責任取らせるようなことはしたくないなんて、我ながらよく言ったものだ。




数日後、学校から帰ってきた実弥くんがやけに上機嫌で、理由を聞いても教えてくれないという珍しいことがあった。まぁ嬉しそうだしいっか、と納得して、手を洗いに洗面所へ行った実弥くんの鞄をリビングまで運ぶ途中、鞄の中に青い封筒が覗いているのに気が付いた。私の先生も使っていたこの封筒は大学の売店でだけ売られていて、他では手に入らない。それをどうして実弥くんが持っているのかしら。開封済みのようだしどうしても気になって、悪いとは思いつつ鞄から取り上げた。持ってみると中身は封筒越しにツルリとした手触り、写真?差出人が長崎先輩?背後から実弥くんが濁った声を上げた。

「ミズキ、見るな、ソレをゆっくりこっちに渡せェ…!」
「えっ、爆発物か何かなのこれ?」

少し迷った後封筒から中身を抜き出して見ると、高校の頃の私の写真だった。長崎先輩と同じ美術部だったから、そのときの写真だ。
実弥くんがつかつかと寄ってきて私の手から丁寧に写真を取り上げた。

「…見ちまったなら手紙も読めェ…」
「うん?ごめん…?」

事態が飲み込めないまま写真と一緒に入っていた手紙を開くと、確かに見たことのある先輩の筆跡だった。先日は自分のせいで雰囲気を悪くしてしまって申し訳なかったこと、自分が娘自慢を垂れていただけなので浮気では一切ないこと、私の番号を聞こうと先生の奥様に久々に連絡を取ったら「不死川くんにも会ったのね?かっこいい子でしょう」と激推しされた上キメツ学園で数学教師をしているのも教えてもらったこと、お詫びに私の高校の頃の写真を送るから、としたためられていた。

「嫉妬して睨んじまって悪かった…スゲェいい人だった」
「嫉妬したの?っていうか私の昔の写真なんてどうするの…」
「神棚に飾るに決まってんだろ」
「うんちょっとよく分かんない」


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