後日譚3

大卒後母校に就職して一学年下だった不死川と再会してみると、いつの間にか薬指に指輪をしていた。聞いてみても煽ってみても頑なに口を割らない。
警戒心の強い野良犬みたいだった男が随分丸くなっていて、それが指輪の片割れと関連してるんだろうと思えば余計に興味が出た。
好機を伺って、ある日煉獄も巻き込んで不死川を飲みに誘った。警戒して嫌がられたが強制連行して居酒屋の個室に押し込んで、ツマミもそこそこに浴びる程飲ませて無理矢理潰した。座布団を枕にゴロ寝した不死川の耳元で手を叩いてみても反応がないのを確認して俺がニンマリ笑うと、煉獄がビールジョッキから口を離した。

「不死川は寝てしまったか!」
「やっとだぜぇ、こっから本番」

潰そうにもザルなせいで金も時間も掛かったっつの。
不死川のポケットからスマホを抜き取って、酔っ払いの親指を押し当ててロック解除した。発信履歴を見て笑った。

「分かりやすっ」
「何がだ?」
「ゼッテェこのミズキちゃんだわ」
「不死川の奥方か!確かに聞いても教えてくれんな!」

恋人と思しきミズキちゃんの番号を呼び出して耳に当てると数回のコール音の後、女の声が応答した。

「はい、実弥くん?」
「あー不死川の同僚の宇髄ってんだけど、ミズキさんで合ってる?」
「はい。実弥くん何かあったんですか?」
「潰れちまってね、悪いんだけど迎えに来てやってくんね?」
「大変、すぐ行きますから」

場所のやりとりの後通話を切ると、ふと頭の隅に引っ掛かることがあった。
女の声、どこかで聞いたような気がする。どこだったか。あとミズキって名前もどこかで。

「煉獄も不死川の女に会ったことないよな?」
「ないな!何を聞いても頑なに教えてくれん!」
「共通の知り合いかもな」
「それなら尚更祝福するのだが!」

不死川のスマホにロックが掛からないように適当に動かしながら時間を潰しつつ、店の最寄りのパーキングまで歩いて出た。
俺の電話から20分と少しで、それらしい軽自動車が来た。
降りてきた女を見て納得、確かに声を聞いたことがあったし不死川が口を割らないわけだ。

「ごめんなさい、お手数を」
「こっちこそ彼氏くん潰しちゃって悪かったな。あともしかして俺のこと覚えてない?ミズキちゃん先生」
「え…、あ、宇髄くん?」
「そーそー」

かつての美術教員は相変わらずの美人ちゃんで、薄化粧をした風呂上がりっぽい姿はあまり飲み屋街に置いといていいものじゃない。
成程、成程。思ったより面白い話だ。

「煉獄もいるぜ」
「すごい!同級生とひとつ先輩と母校で同僚なんて、いいなぁ」
「ま、こちらへどーぞミズキちゃん先生。わざわざ悪ィね」

歩いてすぐの居酒屋へ戻り、個室の襖を開けると煉獄も相手が誰なのかすぐ分かったようで、目を丸くして「よもやよもやだ!」と声を上げた。

「かつての先生が不死川の奥方とは!」
「煉獄くんは変わりないねぇ」
「おーい不死川、お前の大好きなミズキちゃん先生が来てくれたぞー」

酔っ払いに声を掛けると、耳が恋人の名前を拾ったのか薄ら目が開いて、眩しそうな顰めっ面になった。煉獄のクソデカボイスで起きないくせにな。

「実弥くん、わかる?」

ミズキちゃん先生が不死川の前に膝をついて額に手を当てた。
すると不死川がその細い腰に抱き着いて太腿に顔を埋めたので、とりあえず連写した。後で本人に見せて恥死させてやろう。

「あらあら、相当飲んじゃった?気持ちわるい?」

ミズキちゃん先生は意外と動じないタイプのようで、不死川の背中をさすってやっている。太腿の上の頭は左右に揺れた。煉獄も面白そうに「よもや、不死川がここまで甘えるとは!」と笑っている。俺は録画ボタンを押した。

「あ、ごめんね、ここの支払いを」

不死川の頭をさわさわ撫でながらミズキちゃん先生が財布を出そうとするので勿論断った。こんな面白いもの見せてもらって、金を払ってもいいぐらいだ。

「そんなことよりその酔っ払いをどーするかねぇ。車に放り込んでもいーけど、帰った後に困んだろ」
「そうだなぁ、さすがにおんぶできないし…」

おwんwぶw
少し考えた後、ミズキちゃん先生は身体を屈めて、膝の上の頭に何かを耳打ちした。するとスイッチが入ったように不死川が再起動して、身体を起こして「帰る」とミズキちゃん先生の腕を掴んで立ち、しっかりした足取りで個室を出た。
出掛けに俺を睨んで「ミズキをこんなとこに呼びやがって…覚えてやがれェ」と言い残した。
アー怖ァw




酒の眠気で目を開けてられなくなって、そのまま泥に沈むように寝ているとふと耳が恋人の名前を拾った。ミズキがどうした、こんなとこにいるわけねェだろ、と目を開けようとするが天井灯が目に入ってロクにものも見えない。

「実弥くん、わかる?」

成程夢か、夢だな。ミズキの声だ。帰りたすぎて夢を見たらしい。
夢の中でいつも通り手に馴染むミズキの腰に抱き着いた。柔らかい太腿、風呂上がりの匂い、いつも寝る前に抱き締めるミズキそのもの、良い夢だ。

「あらあら…気持ちわるい?」

気持ち悪いわけあるか、このふわふわの太腿が。至高の柔らかさを堪能してると、徐々にこのいい夢に不純物が混じってくるのに気付いた。
もしかしてこりゃァ宇髄と煉獄の声か。…つーことはコレ現実かよ、ここどこだよ居酒屋じゃねーか何でミズキが居酒屋にいんだよ。
ミズキの柔い手が頭を撫でるのが心地よくて、気を抜くとまた寝そうになる。
その時ミズキの上半身が俺の頭を包むように覆い被さって、ミズキが俺に小さく耳打ちした。

「実弥くん、帰って一緒にお風呂はいる?」

ハ?即行帰るわ馬鹿にしてんのか。一気に全開まで覚醒して居酒屋を出た。
勿論主犯(確信)の宇髄に「覚えとけ」と一言残して。

「実弥くん、気持ち悪くない?お水飲む?」

ミズキが道端の自販機を指さすのを断った。

「一眠りして粗方醒めた。わざわざ悪かったなァ」
「いいよ、それより同僚って宇髄くんと煉獄くんなら教えてくれたらいいのに」
「…宇髄が絡むとウゼェんだよォ…」

ミズキはからからと笑った。笑った途端に鞄の中から受信の音がして、ミズキが端末を出すと宇髄からメッセージがきていた。
『ミズキちゃん今度は不死川抜きで飲もうぜ』じゃねーよ死ねいや殺す。
野郎俺のスマホからIDネコババしやがったな、と思って気付いた。スマホ自体取られたままだ。畜生警察に突き出してやろうか。

「クソがァ…」
「スマホもらいに戻る?」
「…いや、明日どうせ学校で会う。今日はもうあのツラ見たくねェ」
「そんなに嫌わないのよ」
「それに早く帰ってミズキと風呂入りてェ」
「しっかり聞いてたのね」
「当然」
「いいよ、帰ろうね」

よしよし、とミズキがまた俺の頭を撫でて笑った。
ミズキを宇髄や煉獄の目に晒したことは気に入らないが、今この状況と帰ってからの予定は悪くない。それを思えば、今日ここに飲みに来たのも悪くないと思った俺は、存外まだ酔っているのかもしれない。



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